楽器を弾くための体の話

体の本がようやく出版になります

 爆忙の一ヶ月がすぎて・・・いよいよ11月初旬に体の本が出版されます

 しばらく、ブログ/Facebookの更新ができませんでした。新著の制作の最後の最後に大トラブルがあり、その修正にとんでもない時間がかかってしまったからです。この歳になって、一週間で3回の徹夜をしてしまいました・・・

 出版を企画したのはもう7年も前のことです。それから原稿を書き始め、1年ほどかけて「超大作」が出来上がりました。その原稿を出版社の社長に見せたのですが、「だめだ・・・頭痛がしてきた。よめん!」

 今になって最初の原稿を見てみると、確かに出版物にするにはとんでもないものでした。内容が多岐にわたり過ぎ、超難解。文章もバラバラで、どうしようもないものだったのです。とにかく、「あれも、これも書くんだ!」という気負いだけで書きなぐったようなしろもので、人様にお見せするようなものではありませんでした。それから半年をかけて、コンテンツを整理。文章量をほぼ半分にして、なんとかまとめたのですが・・・

 それからが長かった・・・

 出版社の都合やリーマンショック、東日本大震災のために、出版予定はその都度、遅れに遅れました。待っていただいていた方には、心よりお詫びを申し上げます。

 しかし、結果的に少しばかり内容も更新できました。体の使い方の基礎をこのようにまとめたものは、これまでにはなかったと思います。11月より書店に並びます(いちばん早いのは、11月2、3、4日の弦楽器フェアのサラサーテのブースです)。サイトでも11月から注文を受けつけますので、是非、お読み下さい。

 現物を手にしたら・・・きっと泣くと思います(笑)

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フォーカル・ジストニアとの闘い(最終)

【7】一進一退のボウイングのトレーニング

 この段階で彼に課したトレーニングは、以下のようなものだった。

1)各種のストレッチ。柔軟性を失わないように、これまでのトレーニングをセレクトして続けてもらった
2)サポートをしてもらって、ボウイングの動きを再現すること
3)ひとりでアップだけのボウイングをすること

 私の目的は、彼がフォーカル・ジストニアを発症した時点での「最初のフィジカルな反応」を見つけ出すことにあった。これまでさまざまな人たちのレッスンやリハビリをしてきて、フィジカルな反応が「一斉に」出てくることはない、と考えているからだ。実際に本人が気がつくことは「大きな運動障害」であることがほとんどだが、そのきっかけになることは小さな反応であることが多い。そして、それを見つけられるかどうかが、「癖を取り去る」ための決定的に重要なポイントだと思っているからである。

 実際に、この「小さな最初の反応」を見つけ出すことが困難であるケースは少なくない。反応自体が小さいものであることが多い上に、反応がどこに現れるかは予想がつかないからだ。右肩に力が入ってしまうことの根本原因が、足首の捻挫の後遺症であったケースすらある。F君の場合、中学・高校時代に陸上競技をやって鍛えた筋肉がかなりそのまま残っており、最初に余計な力が入ってしまった原因を完全に解明することは難しいとも思えた。研究対称ならひとつずつ可能性を取り去っていくのだが、目的は一刻も早く彼がヴァイオリンを再び弾けるようになることなので、同時に複数の点に注目しながらリハビリを進めた。結果として「最初の症状」が正確に把握できなくてもよいと考えた。

 援軍としての奥様の力は、非常に大きかった。それは、実際に家での練習の効率が劇的に向上したこと、チェックをする第三者が常にいる状況を作れたこと、ということだけでなく、精神的にも大きかったのである。レッスンの時に出来たことが家ではできなくなる、また、その逆が起こる。こうしたことを繰り返していくうちに、彼が奥様に「頼って」いる部分と「見栄を張っている」部分がはっきりと見えてきた。そのことで、奥様のサポートの方法をいろいろと模索することができた。これは、心理的な問題を解決するためには、とても大きなことだったと思う。

 この段階では、私がサポートすると、手首に力が入らずにボウイングができることが増えた。奥様のサポートでも「調子がいいとうまくいくことがある」という程度にはなりつつあった。ただし、ひとりで弾こうとすると、まだまだ手首の「めくれ上がり」が起こってしまう。

 手首がめくれ上がる直前の筋肉の状態を注視しているうちに、問題点は前腕部の硬化していたところと親指にありそうだった。同時に、指と手首の分離がまだ完全ではなく、弓を持つ作業自体で手首に力が入る問題も残されていた。その他にも、小さな症状がいくつかあり、それにも対処していった。

 主な諸症状から離脱するために、いくつかの方法を用いた。

1)弓の指があたる部分に両面テープを貼ること(指の負担を減らす)
2)親指の付け根をテープで角にならないように固定すること。親指にゴムサックをつけること(親指の居心地が悪く/親指が比較的長く「持て余した」状態で、親指の付け根を角張った状態で固定しやすい)
3)指が自然に変形する動きを覚えること

 弓にテープをつけたり、手に器具を用いることについて、彼は最初は明らかな拒否反応を示した。彼の性格からすると当然のことだが、「自分でやっているのではない」という意識が強く働くからだ。うまくいっても「テープをつけているし・・・」と、どうしても否定的に考えてしまう。

 私は、普通のレッスンでも、こうした器具を使うことに抵抗がない。弓を持つ時にハンカチを握らせたまま弾かせたり、テープを使ったりすることは少なくない。自転車の練習をする時の「補助輪」のようなものだと思っているからである。(ただし、弓の軌道を安定させるための器具は絶対に使わない。結果を安定させるために別の運動を作ってしまうことがほとんどだからだ。)こうした練習に拒否反応を示す生徒は彼一人ではないが、その都度、動きを覚えたり安定させたりするために器具を使うことを「じゃあ、肩当ては?」と言って納得してもらっている。彼の場合も、最初は明らかに抵抗感があったようだが、毎回のようにいろいろな話をしていくうちに、次第に抵抗感がなくなっていった。

 ボウイングのトレーニングは、まさに「一進一退」を繰り返した。少し良くなったと思うと、小さなきっかけで新たな問題が出てくる、ということが2ヶ月近く繰り返された。彼と奥様にとっては「またか」と思うようなことが度々起こったのだが、私は、ある時期からは楽観視していた。問題がピンポイントに指摘できるようになってきたからだ。

 指の自然な変形は、奥様のサポートのおかげで、比較的短時間にできるようになった(思い出した?)。親指の伸縮が問題だったが、指サックを短くすることでほぼ解決した(関節を押さえなくするだけでなく、短く切ったサックの端が、親指の第一関節の屈曲を助けたようである)。

 フォーカル・ジストニアを発症したときの最初のフィジカルな反応は、とうとう特定することはできなかった。本人が「弾けない」と感じたのは「手首のめくれ上がり」という症状だが、トレーニングを続けている間に、親指の硬直、肩甲骨の拳上運動、上腕の固定、肘の運動方向の混乱など、さまざまな要素が手首のめくれ上がりに直結していたからだ。サポートしている状態でも、2、3往復すると手首が硬くなってめくれ上がる。本人は手首と親指に「ダメだ」という意識が強かったのだが、それ以外にも上記のような運動が手首のめくれ上がりのきっかけとなっていることがわかった。運動を小さく修正したり、器具を少し工夫するなどの対処をとった。

 4月から5月初旬にかけては、こうした状態が繰り返された。

【8】ボウイングができた!

 明らかに変化が出てきたのは、5月の中旬である。上手にサポートすると、10往復ほどのボウイングができるようになり、一人で弾くアップ・ボウも、きちんとした運動ができる確率が上がってきた。本人も、「わかった」と思うことが増えたようである。

 5月下旬になって、初めて、一人で往復するロングトーンができた。たった1往復ではあったが、きれいな運動をひとりで作ることができた。「これか!」と、彼も初めて「できた」と感じたようだった。まだ2往復目からは運動が崩れてしまうのだが、「0が1になった」ことの意味は大きかった。彼は「なんで続かないんだ・・」と非常に口惜しく感じたようだが、私の「0を1にするのは質的な問題だから大変だけど、1を2や10にするのは、量的な問題だから、これまでのことを考えたらすぐにできるよ」という説明に、ある程度納得してくれたようだ。

 奇しくも、この日は彼の誕生日だった。ワイン付きのランチを一緒に食べながら、彼が心から笑う姿を始めて見ることができたように思った。

 ここで、私はひとつの過ちを犯してしまった。腕があまりにきれいに動いたので、少し欲がでたのだろう、練習時間を伸ばすように指示してしまったのだ。その結果、2週間ほどでまた手首が硬くなる症状が起こり始めた。腕を調べてみると、上腕部の硬くなっていたところの疲労が激しかった。私が想像していた以上に腕の筋肉が硬化していた後遺症が強く残っていて、すぐに疲労する状態だった。腕全体や首、肩を緩める施術をして、2日間、楽器から離れてもらわなくてはならなかった。しかし、腕をゆるめると運動ができることが確認できたので、楽器を弾かない日を作ることをお願いした。

 私にとって6月15日は忘れられない日になるだろう。

 十分に休養とった後、サポートしてボウイングをやってもらったときの腕の感触が、これまでとは全く違うものだった。ひょっとして、と思い、ひとりでロングトーンをやってもらった。

 彼は10往復のロングトーンをやりきった。

 どこまで続けられるかを確かめたい衝動に駆られながら、私はかれの右手を持ち上げた。「できたじゃん」

 これから、本格的にヴァイオリンを弾く練習になるが、私としては最大の山を越えたと思っている。現状では、サポートしていても左手を押さえると右手首に力が入ることがあるのだが、これはそれほど苦労することなく、取り去ることができるだろう。ボウイングに対する恐怖心は、徐々に少なくなるはずだ。

 彼には、私がやっているオーケストラの曲のパート譜をプレゼントした。近いうちに、オーケストラで演奏している彼の姿を見ることができると確信している。

【9】まとめ

 現状では、彼はまだ自由に弾ける段階には至っていない。左手をつけると、右手に力が入りやすい状態なのだが、「力が入る=手首がめくれ上がる」という状態ではなくなった。これは、本人にとっては大きな進歩だと思う。最大の「恐怖心」を取り去ることができる方向に向かっているからだ。

 これまで、腱鞘炎や肩関節周囲炎(いわゆる五十肩)、関節の可動不全などのリハビリをお手伝いさせていただいて、多角的な見方が大分できるようになってきたようには思うが、今回のようなケースではある意味で「手探り」だったことは否定できない。ここまでたどりつけたのには、多分に幸運な面もあったかもしれないとは思う。

 このような結果を得ることができた最大のポイントは、腱鞘炎や五十肩などのリハビリで、メンタルな部分が重要であることを繰り返して経験してきたことだと思う。最初から、本人の心理的な状態や性格を考えながらリハビリができたことが、重要な要素だったのだと考えている。

 手に故障を起こすと、多くの人が最初に整形外科にかかってみる。しかしながら、現状の整形外科では、多くの病院が複雑な事例には対応しきれていないように感じている。(忙しさにかまけて十分な勉強ができていないのだが)最近は「音楽家の手」について専門的に治療を行なっている医療機関もあるので、そのようなところでは、心理的な側面も含めて十分な体制がしかれているのかもしれないのだが・・

 整形外科で、注射一本で劇的に改善するケースもある。特に、最近は局所的にステロイドを注射する治療法などもあり、良い結果がえられることも少なくない。しかし、逆にブロック注射で症状が悪化した例も少なからずある。最初から漢方の治療を受けて、後遺症も残らずに良好に完治した例もあれば、漢方の治療が全く効果をもたらさなかったケースもある。何が合うか、ということは、心理的な問題も含めてひとりひとり違うのだ、ということを肝に命じておかなければならないと思う。

 今回、あれこれと書いたことで、いくつかの貴重な情報もいただけた。「医者が楽器を弾く運動を理解してリハビリに当たる」ところは、前述のように増えていると思う。私は、これまで以上に体の仕組みや運動の理解を深めて「ヴァイオリン弾きが体を理解してリハビリに当たる」ことができるようになりたいと思っている。

 長いレポートを読んでいただいて、ありがとうございました。

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フォーカル・ジストニアとの闘い3

【4】フィジカルな問題が解決する方向が見えるまでの2ヶ月間

 この時期(12月後半から2月初旬まで)が、本人にとっては一番辛かったのではないかと思う。自分の方法論を完膚なきまでに否定され、私のトレーニングメニューに完全に従ってもらうまでの時期なのだが、涙を流したことも1度や2度ではなかった。「こんなことをやっていたら、いつになっても弾けないんじゃないか・・・」と諦めかけたことも1度ならずあった。私自身、「必ず治る」と言えない状況の中で、苦しみを長引かせることになるのではないか、という懐疑心とも常に闘っていた。しかし、フィジカルな問題は解決できそうだった。少なくともパソコンを打ったり文字を書いたりすることは楽になるだろうと予想できたので、なんとか頑張ってくれ、と願った。

「どんなに高い山でも、遠くから見たら美しく見えるし、まっすぐ行けば上れるような気持ちになる。だけど、一旦山道に入ったら、頂上は見えない。頂上が見えないことで諦めてしまったら、山に登ることは決して出来ない。君がどこにいるかが見えるのは、外から見ている私だけだよ。君は少しずつ、山を登り始めた。しばらく、僕がガイドするから信じてついてきてほしい」

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●12月30日

右腕の状態:筋肉の状態は「普通の人のひどい状態」くらいには戻っている。上腕部は皮膚の損傷がまだ治っていないので、もう少しかかりそう。三角筋は、前部繊維にもかなりの負荷がかかっている。少し施術を続ける必要がありそう。
   手部:伸筋側には、かなり負荷がかかった痕がある。これも少し時間がかかると思うが、取り去ってしまう必要がある。
   全体的には、筋肉の硬化による手首への影響はほとんどなくなったと考えていいだろう。あとは、頭の問題。
ボウイングについて:弓先にキープしておけるかどうかが、次のステップ。肘を内側にねじらず。まっすぐに重みをかけた状態で弓をキープすること。指や手首が硬直したらダメ。この状態で、腕に無理が来なければよい。
手の問題:ボールを握るようなトレーニングは続けること。
手首が持ち上がる問題について:無意識に入った力は、意識で抜くことはできない。これは運動の原理。手首が持ち上がり始めた時に抗おうとする力を入れると、かえって状況は悪くなる。むしろ、手首が持ち上がり始めたら、一旦その方向に意図して力を入れて、そして抜く。そのことで無意識の力が取れる可能性がある。
ボウイングの練習は、ダウンはA線、アップはD線でやること

●1月10日

右腕の状態:上腕部も筋肉の形がわかるようになってきた。これなら大丈夫だろう。
ボウイング:シャドウボウイングの目的は、あくまで腕を順序よく運動させることを覚えること。肘を上げる、のではなく、後から順に腕が運動したら、肘は自然に「上がる」のです。小さなサポートで、手首の余計な力はほとんど抜ける。あとは、これが自分でできれば基本的な運動は覚えたことになる。現状は、気をつけていないとまだ余計な運動が加わってしまって、手首が硬くなる。肩がときどき硬くなってしまうので、硬くなったと思ったら、腕を伸ばす、回す、を繰り返すこと。ターンするときも、手首は何もしないこと。前回も説明したが、「よりかかる」イメージをしっかり作りたい。正しい動きができる確率は増えている。楽器の位置を変更したので、忘れないこと。肩当ての当て方も変わっています。

●1月20日

腕など:右腕は大丈夫です。肩甲骨周辺の固まりも、ほぼ取り去れた。腕の運動に支障がでることはもうないでしょう。整体は、もう少し続ける必要がある。
シャドウ:まだまだこだわりすぎている。シャドウの目的は、腕が後から動くことを覚えることだけ。他のことは、意識してはいけないのです。
次のステップ:物を持った時に、伸筋側が硬くならないこと。さまざまな重さの、さまざまな形状のものを持ってみること。弓のような先端に重みがあるものは、ある意味では一番難しい。シャドウで腕を順序よく動かし、物を持った状態で伸筋側に力が入らなくなったら、小さなものを持ってシャドウをやる。これができれば、いよいよボウイングに移ることができるのだが。

●1月30日

上腕はもう少しかかりそう。まだ固まりが取りきれていない。
シャドウ:基本的に、シャドウでは前腕の縮れは出ない。しかし、まだ運動が完全に出来上がったわけではないので、シャドウは続けること。
ものを持ったシャドウ:これは、手首が硬くなる。
何かを持った時に、手首を固めないことが次の目標。もの持って手首を動かす、反対の手で手首を振る、などの動作をやってみること。
これからの方向について説明しておきます。
・    腕の運動の順序、しなやかさを作ること
これは、現在のシャドウから、次は、実際に弾くことで作ります。もう少しかかります。
・    弓を持つことによって、前腕が硬くならないこと
ある意味で「本質」。弓を持っても手首が硬くならない状態まで持っていかないと、ボウイングにはならない。
・    物を持った運動によって前腕が硬くならないこと
何かを持った状態で、木の方向を曲げずにシャドウができるようにすること。これは、上が理解できたら、すぐに取りかかります
ここまできたら、大きなボウイングはできるようになっているはず。
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 このあたりまでが、本人が「何とかしてやろう」と思っていた時期である。この直後に、彼の意識が変化した。

【5】リハビリの「本当の」始まり

 腕や肩関節の状態は、この2ヶ月間で明らかに改善した。手首の可動域はまだ少し小さめだったのだが、最初に比べて明らかに屈曲方向の可動域が広がった。肩関節も、不十分ではあるが動き始めた。そうした小さな積み重ねと、自分がやろうとしている方向でまったく手のコントロールができないことに気づいたことで、私のリハビリメニューに乗ってくるようになった。

 この段階での目的は、ヴァイオリンを持つ以前に、各関節の可動域を十分に広げ、楽器を持たない状態で「無意識に力が入ること」を取り去ることだった。私の仮定(最初にフォーカル・ジストニアの症状が出て、それが他の運動に広がった)が当たっていれば、ヴァイオリンを弾く(弓を持つ)作業以外で起こっている無意識の反応を取り去ることは、それほど難しくないのではないかと考えていた。

 ある意味で「バクチ」だったのは、私の仮定が外れている可能性を否定しきれなかったことだ。仮に、身体的な症状が先行していて、本人が意識していない状態であらゆる動作に対して「精神的に」反応してしまっていた場合、楽器を弾くこと以外を先行して改善することができない可能性があったからだ。

 しかし、この時期にさまざまなトレーニングをしているうちに、楽器を弾くこと以外の動作については、明らかな改善が見られるようになった。

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●2月6日

右腕について:前腕はまだ少し硬く、手首の落ち方が小さい。ほぐすと、かなり良くなるので、前腕の施術は続けること。何も考えないで腕を前に上げた時に、手首も指も緩んだ状態にないとだめです。
シャドウ:「少し続けていると、おかしなことが始まる。手首に力が入りそうになる」それがなくなれば解決、ということです。あちこちがほぐれてきたようなので、体の使い方が少しずつ変化しているのです。それが大切。肩甲骨の周辺は、問題が解決しつつあるのだが、まだ動きが小さい。シャドウ自体は、かなりよくなっている。小さなきっかけがわかるようになってきたのも進歩。単純なシャドウと、バーを持ったシャドウを交互にやることは効果がある。
新しいトレーニング1:棒を持った状態で、手首を落として5秒キープ/ゆっくり棒を持ち上げる/すとんとおろす/落とした状態で5秒・・・を繰り返すこと。10回が1セット。1時間に1回だけ。できるようになったら、ぶら下がっている時間を5秒から10秒に伸ばす。
2:テーブルに肘から先を乗せ、指を動かしながら手首を動かすこと。20秒動かしたら1分休む。これを5回。1日2回まで。
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 この時期から本格化したトレーニングのひとつ。目的は、弓以外のものを持った時に手首の力が抜けて可動域が確保することと、指と手首の運動を分離すること。根気が必要なトレーニングだが、彼は毎日きちんと続けてくれた。

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●2月8日

シャドウ:「シャドウとものを持ったシャドウを20回ずつやっても、おかしなことは起こらない。そのあと、腕を振る運動。そして物を持って上下に運動させる。その後、肘を置いて手首を動かした。やっている間は、手首がめくれ上がることは出ていない」それはよいことです。手首に問題を生じないで、ボウイングの基本的な運動があれこれできるようになれば、問題は解決する。
ポイント:手首を上げて落とす時には、筋肉で下に引っ張るのではなく、「すとん」と落として欲しい。シャドウの時には、指の付け根が硬くならないようにだけは気をつけて欲しいです。全く変形しない状態だと、あまりうれしくない。やはり、ものを持ったシャドウの後は、少し右手首が硬いようです。手首の運動は、もう少しゆっくりの方がよい。あまりムキにならないこと。
一回りやってもらった後の手の状態:前腕部については問題を生じていない。
新しい課題1:一番始めと最後にやること:両手を高く上げて、3回「上に向かって」握る。「上に向かって指を伸ばす」を繰り返す。そして、肘を大きく後に引っ張って、肘が90度になったら、ストンと落とす。引っ張る時に、前腕が上を向いている状態をキープすること。現状では、腕を上に上げると腕が痙攣する。これがしなくなれば、しめたものです。
2:左から:腕を上げて首をよりかかり、腕で首を直立させる。その後、首で腕を元の位置に戻す。これを3回ずつ。頭がくらくらするようならやめること。これは、1日1回だけでいい。
3:腕を水平に上げ、上腕を回す。肩が動かないで回る状態を作ること。これは10回くらい。1日2回やってよい。
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 これらのトレーニングは、複数の関節を動かすときの「連動」をできるだけ取り去ることが主眼。

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●2月10日

新しい課題1:横臥して、右腕を左腕で持ち上げる。肘から先があがるように。この時に、右腕には絶対に力が入ってはいけない。上腕の筋肉が弛緩した状態のままで、肘を曲げ伸ばしすることで上腕の筋肉が自然に変形することを確認する。それを十分にやったあと、仰向けに寝て肘から先を上げてみる。この時に、肩周辺、手首周辺に力が入らないようにすること。これは、比較的たくさんやっても大丈夫。
   2:同じことを、腕を逆手にしてやってみること。
   3:仰向けに寝て、ゆっくり肩から腕を上げる。大胸筋を使わないように。これは左右ともにやること。

●2月13日

課題の順序:ストレッチ、シャドウ、ものを持ったシャドウ、手首の運動1(腕を前に上げる)、2(弓を持って上下運動)、横臥して腕を上げる(サポート付き/サポートなし)順手/逆手、上向きに寝て腕を上げる(大胸筋を押さえ込んで、下からと横から/左右ともに)、腕を横に上げてまわすこと(肩甲骨、鎖骨を止めて肩関節だけで動かすこと/注1)、腕を振る、腕を上げて首を寝かせて首を振る。
(注1)肩関節の中で少し異音がするようになっている。肩関節自体は、少しずつ動き始めているようです。肩関節が全く動いていなかったので、少し音がしたり「ガクン」となったりするだろう。
新しい課題:今日のテーマは、関節を緩く動かすこと。指、手首、肘、肩の各関節を、ゆっくりと柔らかく動かす。動かす時には、自立的に運動させるのではなく、反対の手で持って柔らかく回すこと。
いくつかの注意点:シャドウのときは、肩に力を入れないこと。首を前に落とさないこと。
次回は、楽器を持つ話をします。

●2月15日

注意点をいくつか
・左腕を回すのは、横に上げてまわすのではなく、右手をテーブルについて左腕をだらんと落とした状態で、ゆっくり回して下さい。関節内の状態がとてもかたいので、腕を上げて強引に腕を回すと傷める危険性がある。
・右腕は、頑張ってまわすと肩甲骨ごと動いてしまうので注意すること。あくまで、肩関節を運動させることが目的。
トレーニングのチェック
1)ストレッチ:つま先を上げる必要はない。腕を上げて下ろす時は、もっとゆっくりで、肘を思い切り後に引っ張りながら下ろすこと。
2)シャドウ:シンプルなシャドウは問題なし。物を持ったシャドウは、指の付け根を固めないこと。肩に力を入れないこと。
3)手首の運動1:腕を振り上げて手首を落としてみること。これは上手くいっている、手首の力がだいぶ抜けて来た
4)手首の運動2:弓を持って手首の上下運動。筋肉運動で落としてはいけない。腕を上げるのではなく手首で持ち上げること。落とすときは、手首を下に曲げるのではなく、自然に落下させること。落下した状態で、5秒くらいそのままの状態でいること。
5)横臥して腕を上げること。サポート付き、自立して持ち上げる、の組み合わせで、順手逆手。注意することは、動く関節以外は力が入らないこと
6)仰向けに寝て腕を上げること。ゆっくり動かすこと。基本的な運動は、すべてゆっくりつくること。速い運動はありません。
7)腕を上げて肩関節を回す。左は、だらんとぶら下げた状態でやること。
8)手首を振ること、手を上げて首を運動させること
9)指の関節を柔らかく回すこと、手首を柔らかく回すこと
→ ここまでが、動く状態を作る前提のトレーニング。ここから先は、「動かす」トレーニングなので、一度様子を見させて下さい。
新しいトレーニングを追加:
・ボールを握ること:腕を下ろしてボールを握る。指先だけでなく、指と手のひら全体でやわらかく握ること。握った状態で、手首がフリーになるように。弓を持つための下準備です。右腕は、ボールを握る以外は、全く力が入らないように。
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 筋肉の連動をある程度取り去れたら、次にやるべきことは関節の柔軟性を取り戻すことになる。最初に特定の関節の柔軟性を取り去ろうと思っても、他の筋肉が連動してしまうとうまくいかない。これは、脱力で多くの人が誤解している点だ。メニューインが書いているように「最初に赤子の柔軟性を確保すること」は運動を作るときの原理原則だが、ある関節に注目するだけでは柔軟性を確保できないことが多い。ある程度無駄な協同運動が取り去れると、柔軟性を取り戻すトレーニングがより有効になる。

 トレーニング自体は、考えられることをすべてやってもらうことにした。原因となっている可能性が少しでもあるものはすべてクリアしてしまうことを目標にして立てたトレーニングであるので、必要がないものも含まれているとは思う。しかし、少しでも早く到達するためには、余計なことが含まれていてもよいだろう、と、考えることにした。

 こうしたトレーニングとは別に、パソコンを打つときの姿勢や手を楽にするための方法を指示した。1ヶ月ほど、このような作業が続いたのだが、3月になると、明らかな変化が起こった。

つづく

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フォーカル・ジストニアとの闘い2

【2】症状

 最初の症状は、フィジカルな問題(腕の筋肉の硬化)が原因であるものが含まれていた。手を触ってみて、簡単な動きをしてもらうと、その症状は以下のようなものが代表的だった。

① 両手を前に上げ、肘を伸ばして手を振ってみると、左手首は緩んで手部が落下するのに、右手は手首がめくれ上がったまま止まってしまう。そのときに、前腕部の硬化した部分周辺が、激しく動いて(不随意の運動)、停止する。
② そもそも右手首の可動域が極端に狭くなっていた。
③ 右手でものをつかもうとすると、自然に手首がめくれ上がってしまう

 可動域が狭くなっているのは、明らかに前腕の筋肉に問題があった。伸展方向の可動域はそれほど狭くないのだが、屈曲方向の可動域が異様に小さかったからである。伸展した状態で前腕部を固めてみると硬くなる部分が、まさに筋肉の硬化現象が見られたところだった。①についても、直接的な原因は前腕部の筋肉の状態にあると考えられた。

 問題は③である。これは明らかに「意識せざる」運動だった。この症状が、筋肉の柔軟性を取り戻した後も続くようであれば、フォーカル・ジストニアの症状に結びつくものと言えるかもしれない。

 ボウイングは、悲惨を極めた。まず、肩関節を完全に固めて肩甲骨の挙上運動でアップ・ボウをする。肘が上がると同時に手首の相対位置が下がり始め、弓元に到達する時には、限界まで伸展した状態になって固まってしまった。本人としては、意に反して伸展しようとする手首を強引に反対側に曲げようとしたのだろう。結果的に、肩の運動も無茶苦茶にしてしまったのだと考えられた。いずれにせよ、これは大仕事になるに違いない、と覚悟を決めた。

 さらに、いろいろと運動をやってもらっていると、肩関節を固めて肩甲骨ごと腕を動かす習慣が身についてしまっていることがわかった。これが、ヴァイオリンを弾けなくなったときからなのか、それ以前からなのかは確かめようがないが、いずれにせよ、右腕を滑らかに動かすためには、肩関節の柔軟性を取り戻すことも必要だった。

【3】リハビリの方針を立てる/当初のトレーニング

 リハビリの大きな進め方は、

1)最初に、フィジカルな原因を徹底的に取り除く
→ 具体的には、前腕部、上腕部の筋肉の硬化を取り除くこと。肩関節の柔軟性を取り戻すこと。さらに、腕を肩甲骨から運動させることを覚える(思い出す?)こと、各関節の独立を確保すること
2)そのあとに、フォーカル・ジストニアの「本体」が姿を現すはずなので、その状態を見て次のステップに進む

ということにしたものの、心理的なことも考えなければならなかった。彼の性格を理解することと、厳しいリハビリを続けるためのモチベーションをどのように維持するか、ということだった。症状を引き起こしている原因が心理的なものであることが十分に予想されたので、精神状態を最終的にどのようにもっていくか、ということも重要な要素だと考えた。

 彼は、自立心が強い。悪く言えば「頑固」である。「自分でなんとかしてやろう」という意識が過剰に働く可能性があった。私が立てた方針では、最初にフィジカルな問題を解決する必要があったが、その間、彼が自分でなんとかしてやろう、と「工夫」をしてしまうだろうことが容易に想像がついた。特に、手首がめくれ上がることに対する恐怖心が強いので、強引に反対に曲げようとしてしまうことがさまざまな動作の中で考えられた。最初はヴァイオリンを弾かせたくなかったのだが、「ゆっくりやっていられない」という彼の意識もあって、それを説得する自信もなかった(こうすれば絶対に、どのくらいの期間で弾けるようになる、という目処があるわけではない)。しばらくは、私が立てたリハビリメニューをやる中で、彼の「なんとかしたい」という気持ちを発散させて、ある程度、「自分の方法ではできない」と諦めさせねばならないだろうと考えた。焦っている彼に対して非常に残酷な方法だが、長いリハビリをこなすためには、ある程度「言うことを聞く」状態を作らねばならないことも確かだった。

 私は、すべての生徒に「カルテ」と呼ぶ記録をつけている。この記録は、レッスン中に作成して生徒にはデータ(場合によっては紙)を持って帰ってもらっている。生徒にとっては覚え書きであり、私にとっての備忘録でもあるのだが、彼に対しては、上記のような「本音」部分は隠して、1)を通過する必要があった。無駄だとはわかっていたものの、「ヴァイオリンの練習をしている」という気持ちを持ってもらうために、初めから単純なボウイングのトレーニングをプログラムに入れた。(レポートにはカルテを引用するが、彼が読むためのものでもあるので、その点の記述はぼかしてあったり書いていなかったりすることを了解してほしい。また、カルテはレッスンの全部ではなく、実際のカルテを短縮してあるところも多い。)

*****当初のカルテ****************
●11月28日(レッスン3回目)
左手の課題:楽器の持ち方を修正。少し楽器を外に出したい(楽器の先端を外に出す、のではなく、楽器自体を少し外側にもっていく)。顎が顎当てではなく、テールピースの上にあるくらいでいい。安定しそうだったら、顎当ても替えます。肩当ての当て方に注意すること。今までとは反対に斜めになっている状態が正しい。

右手の状態
 上腕、前腕にかなり硬くなっているところがある。基本的に腱を引いてみることで解消させることを狙ってみる。硬さ、範囲ともにかなり重症だが、丁寧に引くと、少しではあるが弾力が戻る。温めるだけでは、ほとんど効果がない。肩甲骨周辺に凝りがあり、肩が浮き上がった状態になっているので、これも同時にほぐす必要がある。
右肩:肩甲骨と上腕を一緒に持ち上げる癖がついていたようで、肩関節の自由度がかなり落ちている。レッスン時に、必ず腕を回すトレーニングをすること。家でも、できるだけやってほしい。
弓の持ち方:指と手首の分離のトレーニングを課題にする。ボールを握って、握る力を変化させながら、手首を自由にしておくこと。
シャドウボウイング:肩甲骨は上方回旋運動すること。挙上運動してはいけない。腕の運動の順序を整えること。腕は後から順に動くこと。

●12月1日

左手:前腕部の凝りはかなり小さくなっている。大きな固まりはほぼ解消して、小さな固まりの群になっている状態。これならなんとかなるか。
   上腕部:硬いところは、ほとんど戻ってしまっている。これは、少しかかりそう。
左肩:肩甲骨周辺の筋肉がほとんど動かないくらい硬化していた。丁寧にほぐす必要があるが、かなり厳しい施術が必要。肩甲骨上部の筋肉が異常に発達していたので、肩甲骨自体が少し低い位置で固まっていたことも、腕が動かなくなった原因だろう。首から肩の筋肉の柔軟性を取り戻す必要あり。
  左三角筋前部に五十肩と呼ばれる人に多い筋肉の硬化がある。かなりひどく、腕を回した時に酷い痛みがある。ただし、これは基本的には簡単に取れるものなので、何回か施術すること。
シャドウボウイング:月曜日に比べて、動きはハッキリ変化した。まだまだ小さいが、肩甲骨の上方回旋運動が起こり始めている。簡単に言うと、首の付け根が持ち上がらない状態で、腕が肩口からきちんと上がれば良い。
ロングトーン:シャドウボウイングの運動のまま、ロングトーンをできるだけ長く弾く。親指に無理を感じるのであれば、フロッグの下に親指を置いてボウイングをすること。
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 彼が昔弾いていたときのスタイルは、比較的古典的なロシアン・スタイルだった。手首の動きは、ベルギー・スタイルよりも大きいのだが、ボウイング自体は昔の状態を目指すことにした。その理由は、以下の通り。

1)ロシアンは手首の自然な運動が大きいので、最終的に手首を固めない方向に行きやすいのではないか
2)腕の運動の順序が覚えやすいこと。シャドウ・ボウイングを使ったトレーニングがやりやすいこと
3)実際にボウイングの練習に入った時に、昔のことを思い出すことが予想されたこと。そのときに、腕の動きが違うと混乱をきたす可能性が強いこと

 シャドウボウイングは、単純に腕を後から(肩甲骨から)動かすことが目的で、ロングトーンをやっても手首の「めくれ上がり」が出てしまうだろうことは容易に想像がついた。彼がどのように対応しようとしたかを確認するためにも、直接的には無駄だが、ロングトーンもやってもらうことにした。恐らく、手首が伸展しようとするのを、無理矢理屈曲させようとするだろうと想定された。厳しく禁じたにもかかわらず、実際に最初のうちは、自分でロングトーンをやってみて強引に手首を曲げようとしていた。自分ひとりでは(自分が想像できる範囲での「工夫では」)できないことを知ってもらうために、ある意味でそうした「工夫」を黙認していた。

つづく

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フォーカル・ジストニアとの闘い(F君の事例)

(序)フォーカル・ジストニアとは

 フォーカル・ジストニアという言葉をご存知だろうか。直訳すれば「局所性ジストニア」という意味だが、特に音楽家の運動障害(コントロール不全)に使われている。

 ジストニアは、医学的には神経障害(中枢神経系のなんらかの障害)によって「意図しない」筋収縮が起こることにより、運動がコントロールできなくなったり動けなくなったりする症状を指す。代表的なものは「書痙」と呼ばれる症状で、文字を書こうとすると、手が震えたり、手首が動かなくなったり、痛みを生じたりする。他の動作には全く問題を生じないことが多く、フィジカルな問題がどこにもないのにこうした症状が起こることから、精神的な原因(恐怖心、心身症など)であるとされている。フォーカル・ジストニアは、書痙のような症状が演奏時に表れて、楽器の演奏が困難になることを指す。

 フォーカル・ジストニアによって音楽家生命を絶たれた演奏家は少なくないという。詳しくは知らないが、有名なピアニストが指揮者に転向した背景にフォーカル・ジストニアがあった、とも言われている。また、タフな練習やコンサートを重ねているプロ奏者にとどまらず、アマチュアの演奏家にもこうした症状が現れることは少なくない。そして、原因がわからないために、ほとんど「不治の病」とされているのが現状である。

 こうした背景は何となく知っていたのだが、これまでに自分の生徒や周囲の演奏家(プロ/アマチュア問わず)に、はっきりとフォーカル・ジストニアである、と判断できる事例にはであってこなかった。それが、昨年から私のところに来るようになったF君が、明らかにフォーカル・ジストニアであると思える症状を呈していて、そのリハビリを試みることになった。現在7ヶ月が経過しているのだが、ひとりでボウイングが出来るところまでたどり着くことができた。これまでの厳しい半年間を振り返ると、少しずつ前進してきた様子をわかっていただけるのではないかと思う。このレポートが、フォーカル・ジストニアに悩む音楽家にとって、何らかの資料になることを願っている。

 なお、このレポートは、本人の了解を得て、フォーカル・ジストニアに悩む方へのヒントとなるべく、記録として残すものである。

【1】F君との再会、説明を受けた症状

 F君から思いがけないメールが来たのは、2011年10月のことであった。大学オーケストラで活動していた頃、(大学は違ったが)彼とは一緒にアンサンブルの仕事をしたことがあるのだが、それ以来30年間、まったく交流はなかった。彼は、どうしても再びヴァイオリンを弾きたくなり、「右手/脱力」というキーワードで私のサイトにたどりついたという。突然のメールにも驚いたが、その内容を見て、私はすぐに「来て下さい」と返信をした。

F君からのメール(1通目)
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(ここまで/略)私は卒業後一般企業に就職し、(略)転勤をしてきて、その都度其々の地域で市民オーケストラで演奏を続けていました。しかし、今から約20年前頃、次第に右手の自由が利かなくなり、演奏をあきらめざるを得なくなってしまい、オーケストラ活動とは縁をきりました。しかしどうしても音楽には何らかの活動をしていたいと思い、色々な経緯を経て尺八をたしなみ、定年後には尺八で一旗揚げようかと考えていたところです。古典、虚無僧、三曲、地歌、民謡、ポップス、ジャズ、なんでもこなす尺八吹きでありました。(略)しかし、他の楽器はできるのに、時々バイオリンを試してみてもどうしてもこれだけは全く対応できないという状況が続いており、(後略)
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 彼のメールを読んで、私はすぐにフォーカル・ジストニアを疑った。アマチュアとはいえ、ヴァイオリンの仕事を一緒にしたこともあるくらいの「名手」が、突然楽器が弾けなくなったこと、しかし、尺八を演奏する分には不都合がないこと、などを考えると、フィジカルな問題だけではないのではないか、と考えたからだ。(尺八については、勘違いであったことが後から判明した。尺八を吹く時には、彼の「主症状」である手首の意図せざる伸展が、尺八を吹く時には大きな問題にならなかったからである。そもそも、右手はかなり伸展した状態でも尺八を吹くことは可能なのだそうだ)

 彼はレッスンに通うことは問題ないという。それなら、じっくり向かい合ってみようと思い、彼の来訪を待った。

F君からの状況報告メール(2通目)
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以前から右手手首、肘、肩、全体に必要以上の力が入っていたという認識はありました。

しかし、それにしても弾けなくなる状況があまりにも急激な変化だったので、とうとう弾けなくなってしまったと諦めたときには、脳のどこかに傷ができてしまったのだろうと、あきらめざるを得ませんでした。

ただ一点その当時弓の持ち方をいろいろな人に聞いて変化のチャレンジをしていたところ、従来の自分のスタイルを見失ってしまったという思いは何となくありました。

現状ロングトーンをほんの短時間できるものの、すぐにぐらつきが発生。
1)親指が暴れだす
2)右手首がめくれあがって弓を弦に定着できない。
3)曲を弾く状況には至れない

弓と弦の角度をコントロールできない。弓が手前に倒れかけてしまって毛が前方に出てしまう。これも上記の右手のコントロールが困難な状況と同じ。

左手は右手さえ何とかなればたわいもないレベルかもしれないが何とか自己努力で回復できると思う。

世間に言われるショケイという病気がある。緊張のあまり、右手で文字を上手に書けない、ジャンボ尾崎がなったようにパットができないなど以外にこのような病気を抱えている人がいる。
私もショケイで字が上手に書けない、歯ブラシがうまくコントロールできない、傘を持ちにくい、など、細長いものを持ちにくいということと、パソコンの右手が打ちにくいという状況がありました。しかしパソコンに関しては前回の手術が終了してから不思議と症状が浅くなっています。
ショケイが原因であれば、楽器の練習というよりも、整体のほうが必要になるのかもしれませんが、とにかく脱力をキーワードに何がどうなっているのか、見てください。
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 彼は、フォーカル・ジストニアをまったく疑っていないようであった。書痙の症状を自覚していたが、話を聞いてみると、ヴァイオリンを弾けなくなった時にはヴァイオリン以外にはそうした症状はなかったという。

 彼による経過の説明は、概ね以下のようなものだった。

1)20年ほど前、ヴァイオリンを弾いている時に手首がめくれ上がるようになった
2)それからしばらく、奏法を変えてみたりいろいろと工夫をしたが、悪化するばかりだった
3)最終的には、弓を持っただけで手首がめくれ上がってしまい、楽器を弾くことを断念した
4)その後、尺八に転向したが、現在は、文字を書く、歯を磨く、パソコンを叩くなどの動作にもやりにくさがある
5)しかしながら、アルペンホルンを作ったり、木製のホルンを作るなどの作業はできていた

 当初のメールでは、ヴァイオリンを弾く以外のことには影響が出ていることを知らなかったのだが、その後のメールや会って話を聞くと、他の動作でも不自由を感じることがあるという。しかし、5)を見ると、単純にフィジカルな問題だけではなさそうである(もちろん、フォーカル・ジストニアと判定できるわけでもない/他の作業にも影響がでているので)。そこで、まずフィジカルなところからチェックしてみることにした。

 彼の手を調べると、前腕と上腕に異常に硬くなったところがあった(写真の赤くなっているFunabiki01_2 ところ)。その硬さは尋常ではなく、手で触って(マッサージをして)ほぐせるような代物ではない。普通の五十肩などに見られるような小さなものでもない。特に上腕部の「かたまり」は、卵ほどの大きさがあった。肘や肩を温めても全く反応はなく、一筋縄ではいかないことは明らかだった。こうした「かたまり」は、経年変化によって起こりやすく、五十肩を訴える人には、三角筋やその周辺にこうした固まりがあることが多い。民間療法の手法(腱引きなど、直接筋肉をほぐす施術)で症状がよくなることが少なくないのだが、このサイズのものに出くわしたことはなかった。とりあえず、筋肉の弾力を取り戻すことができるかどうかは、大きなポイントだと思われた。というのも、前腕部の赤くなっている部分は伸筋群であり、手首がめくれ上がる動作と直接的に関係があると思われたからだ。

 どのようなリハビリをしてボウイングを取り戻すかどうかを考えるために、いろいろと話を聞き、症状を見て、私なりの仮説を立ててみた。大きな流れとしては、以下の2つの可能性が考えられた。

1)最初は、フォーカル・ジストニアの症状だったが、無理を重ねるうちに筋肉に硬化が起こり、他の動作にも影響するようになった
2)手の筋肉の硬化が始まって手首がめくれ上がるようになったが、時間が経つうちに他の動作にも影響が出てきた。

 いずれであるかは「神のみぞ知る」なのだが(なにしろ、20年以上前のことだ)、手首のコントロールができなくなった当初のことを詳しく思い出してもらうと、どうも1)である可能性が高いと判断して、リハビリに取りかかることにした。方針としては、

1)最初に、フィジカルな原因を徹底的に取り除く
2)そのあとに、フォーカル・ジストニアの「本体」が姿を現すはずなので、その状態を見て次のステップに進む

であろうかと考えられた。

つづく

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ボウイングと呼吸

 ヴァイオリンを弾く時の「呼吸」について、最近入った生徒さんからいくつかの質問を受けました。簡単ですが、少し触れておきたいと思います。

1)ヴァイオリンを弾く時に意図的に呼吸することは、基本的にはないものと思うこと

 いまだに、「ダウンは息を吐く、アップは吸うこと」という指導を受けている生徒さんが多いことに驚かされます。中には、最初の開放弦のボウイングで、「ダウンは吐いて、アップは吸って、できるだけ大きく呼吸をして自然に弓が上下するようにしましょう」という練習をさせられてきた方もいました。実はこれ、とっても危ないんです。

 特に日本で「アップは大きく吸う、ダウンは自然に吐く」と教えられてきた背景には、多くの指導者がロシアンの流れにあったことと無関係ではないと思います。ロシアンのボウイングは、「肘が八の字を描くように」「手首を顔に向かっていくように」など、さまざまな言葉でボウイングの基本を指導してきました。このこと自体、やや危険が伴うこともあります。特に「手首を顔に向かうように」という指示は、肩を縮めたり腕を短くする危険が強く、問題です。ハイフェッツやオイストラフの演奏を見ると(この巨匠2人のボウイングは、ロシアンでも全く異なります)、決して腕を縮めていないことがわかります。

 呼吸に関して言うと、肘を持ち上げるような運動をすると、胸郭が上にせり出そうとします。これが「息を吸うこと」という指導の元になっているのだと思いますが、二つの点で誤りです。

 ひとつは、胸式呼吸を促進してしまうことです。

 安定した体の使い方をするためには、骨盤が安定して、上体をできるだけ楽にすることが必要です。そのためには、腹式呼吸をして、呼吸をする時に胸郭や肩を不要に動かさないことが大切なのですが、腕の上下で「吸う/吐く」を繰り返していると、自然に胸式呼吸をするようになってしまいます。実際、前述のような指導を受けてきた生徒さんは、楽器を弾く時に一生懸命胸式呼吸をしていました。胸式呼吸で使われる筋肉は、腕の運動を促進したり阻害したりする要素がありますが、ボウイングの基本的な運動にこのような「余計なもの」を組み込んでしまうことは避けなければなりません。

 もうひとつは、音楽の流れを大きく損なってしまうことが多いことです。

 バロック以前の弦楽器であれば、むしろ、この呼吸法は理にかなっているかもしれません。なぜかというと、「ダウンとアップは別のもの」という意識が強かったからです。ですから、古いテキストだと、「スティッチ(「|」のこと)はアップで」などと書かれていることもあります。この音はダウンで、これはアップで、という使い分けをしていたのですね。それは、音符の性格と運動によって作られる音とをマッチングさせていたためでしょう。

 しかし、モダンの奏法になると、アップもダウンも同じ音が出せることが前提になります。こうなると、呼吸の違いによって音に差が出ることはマイナスなのです。

 ダウンとアップで律儀に呼吸をすることを覚えてしまうと、たとえば、弓を切った三連符がとても不自由。ダウン/アップがセットになってしまうので、三連符に聞こえない。どうしても三連符にするには、三連符の頭にアクセントを付けなければならなくなってしまいます。フレーズにしても、「ボウイング・フレーズ」(ボウイングごとにフレーズが切れること)になってしまうことが多いのです。

 呼吸は、弓の運動に関わらず、自然に腹式呼吸が行なわれていることが「原則」です。意図的に呼吸をするのは、ごく限られた場合だと思って下さい。呼吸のことを考えるのであれば、丹田を鍛え、自然な腹式呼吸ができるようにすることがポイントです。

2)アウフタクトで吸う、は、危険

 これも、多くの方が間違えていることです。危険なことはたくさんあるのですが、2点に絞って説明しておきましょう。

 まず、アウフタクトの形は多様である、ということです。

 アンサンブルをやってみると、「アウフタクトは吸う」という原則を守っている人が、合わせることに苦労するシーンをよく見ます。それは、アウフタクトの形の違いを理解していないからであることが少なくありません。

 例えば、ベートーヴェンのメヌエットのようなアウフタクトと、ガヴォットの形式の弱起は、意味が違います(し、ボウイングもアップとはかぎりません)。これを同じような呼吸で処理することには無理があります。さらに、このふたつのようにアウフタクトのリズムが次の強拍と分離している場合と、アウフタクトが次の強拍とリズム(アーティキュレーション)として連結している場合(ブラームスの4番の交響曲の冒頭など)では、イメージも運動も全く異なります。

 あえて、「アウフタクトで息を吸う」という方向で考えてみると、「アウフタクトで息を吸う場合は、いろいろなパターンがある」ということになるでしょう。息を吸って止めてから始めるアウフタクト、息を吸いながら弾くアウフタクト、大きな息を吸っている途中で音が始まるアウフタクト、など、いろんな弾き方がありそうです。

 呼吸を意識して行なうのは、体を整えるためであって、運動を作るためではない、という原則を忘れないでいただきたいと思います。

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リズムと若者の体/体の使い方の問題


●3月7日

 今日は、グリーン交響楽団の弦分奏。今回の曲は、シューマンの「ライン」とチャイコフスキーの「イタリア奇想曲」。曲のことはおいておいて、今日は若者の体についての考察です。ウェッブや掲示板で、私は「若者の体が危機だ」と何度か書いてきましたが、またもやそれを感じることとなりました。

 きっかけになったのは、第二楽章のリズム。三拍子なのですが、どうしても三拍子らしくありません。特に、2拍目3拍目を弾いているパートがリズムになっているように聞こえないのです。「リズムは割り算。足さないこと」という説明だけではどうもうまくない。そこで、みなさんにさまざまな歩き方をして、リズム感覚を知ってもらうことになりました。

 歩き方は、その人のリズム感覚に直結すると思っています。きちんと歩けない人はリズムが悪いことが多いのです。根本的な理由は、「拍動の意味の取り違え」です。「拍」は、物理的には時間単位を示します。そのために、「拍動」を単に時刻の通過を示すものだと考えやすいのです。

 音楽が演奏されるとき、演奏のベースにある「拍動」は「音楽が進む勢い」を示すものでなくてはなりません。表すものが「時刻」ではだめで、「その時点での加速度」を示す必要があるのです。

 理屈では理解しにくいかと思いますが、「手拍子をしてみて」というと多くの人が納得します。拍動が単なる物理的な拍になっている人は、手を叩く時に叩いた手が止まります。しかし拍動に進む勢いを感じている人であれば、叩かれた手は弾かれたように運動します。この「勢い」が拍動なのです。

 こうしたことを説明して、皆さんにリズムを感じながら歩いてもらいました。結果は・・・

 リズムを感じることができない歩き方をしている人が多かったのですが、それよりも気になったのは、多くの人が「骨盤を使って歩いていない」ことなのです。

 これは、日常的に街を歩いている人たちを観察してみるとよくわかります。歩く時に骨盤が使えているか/使えていないかは一目瞭然なのです。グリーン交響楽団の人たちの中にも、骨盤が使えていない人がたくさんいました。特に、若者がダメなのです。

 そこで、20代の男性2人に実験台になってもらいました。やり方は簡単。仰向けに寝転がって脚を閉じてもらい、閉じた脚を「手で」こじ開けようとするのです。被験者はもちろん抵抗しますが、2人の若者の脚は簡単にこじ開けられてしまいました。これは大問題なのです。

 脚と手のどちらが強いか、ご存知でしょうか。もちろん、脚の方が強いのです。その昔、梶原一騎が漫画の中で「逆立ちして脚で攻撃する最強の格闘技・カポエラ」という紹介をした(これは事実誤認ですが)ことも、仮面ライダーたちが「蹴り技」を多用したのも、脚が強いからなんですね(笑)。

 私の脚は、男性2人がかかりでも開きません。これは、内転筋や大腰筋がしっかり使えているからなのですが、これらの筋肉(および腹筋下部)は、骨盤を安定させるために大きな役割を果たしています。こうした筋肉がしっかりしていないと、骨盤を使って歩くこともできませんし、姿勢も悪くなります。

 こうしたことを説明し、体を調整することをお願いしました。リズムの話からかなり脱線してしまいましたが、「リズミックに歩けない人はリズム感覚が悪い」というのは、かなりの確率で真です。サラサーテ誌の14号にも書きましたので、機会があれば目を通して下さい。

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左腕の上腕部のねじれ


● 3月9日

 先日、ひょんなことから左手の上腕部の運動について認識を新たにしました。テーマは「上腕部のねじれ」です。これまで、私が講習会などで説明してきた左手の運動の作り方に、若干の修正をする必要が生じましたので、ここに書いておこうと思います。

 問題は「楽器を構えた時の左上腕部のねじれがどのような場合に生じるか」ということと「ねじれが生じた場合にどのような影響があるのか」に分類され、「ねじれが左手の運動になんらかの悪影響を及ぼしている場合はその改善策」と「ねじれを取り去るために必要なトレーニングとその副作用」を見つけることが必要です。

 10日ほど、レッスンで片端から生徒をチェックし、どのくらいの生徒がねじれを起こしているか、問題を生じているかを調査し、必要だと思われる「治験薬」を処方しています。サンプルはまだ20ほどですが、現時点ですでに明らかになったこともたくさんあります。

「左腕のねじれ」は、上腕と前腕が一体となって運動した時に起こりやすいものです。これは、以前から多くの指導者が問題視してきたことであり、私は「一応の解決策」を提示してきました。それが「左腕全体の動きをばらして理解して作る」方法です。

 この動きは、「手を上げる」「前に出す」「回転させる」「肘を曲げる」「肘を回す」という5つの運動で作られているものです。「手を上げる」「前に出す」はひとつの運動と捉えることもできます。この順で左手を楽器を持つように構えると、左腕のねじれはほとんど取れる「はず」でした。ところが、問題が生じる例を発見したのです。

 それは、「肘を外側に回転させる時に、ある程度まで回さないと肩周辺の筋肉が使えない」ケースがあることで判明しました。このような人に「肘を外側に回して」と指示すると、上腕部が「ねじれたように」見えます。上腕の骨は回転しているにもかかわらず、上腕上部の筋肉はほとんど動かず、肘に近づくにつれて回転運動が認められるようになるのです。これは、明らかに上腕の筋肉が「ねじれて」いることを示します。

 腕をだらんと下げた状態では、こうした症状を呈する人は(今のところ)3割以下ですが、楽器を構えると少々事情が異なります。腕を下げて腕がきちんと回る人でも、楽器を持つと上腕をねじる人が少なくないのです。

 このねじれを解消させると、左手にさまざまな変化が現れる人がかなり存在します。指が軽くなる、しっかり押さえられる、手首が楽になる、などの効果がハッキリしている例がすでに6例もありました。

 運動の詳細や対処法は、もう少し時間をかけて検討しないとまとまらないとは思いますが、現時点では

・左手の大きな運動は、「手を上げる」「前に出す」「回転させる」「肘を曲げる」「肘を回す」という順序で作るのではなく、「肩を廻す」「腕を上げる/肘を曲げる」「肘を回す」という順序で作る方が腕のねじれを生じる可能性が低い

ということだけはハッキリしました。

 みなさんもチェックしてみて下さい。

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新たに気がつくこと、再認識すること


●3月4日

 先週、ひょんなことから左手の腕の使い方について認識を新たにすることになりました。長年ヴァイオリンを教えてきて、たくさんの生徒さんに恵まれているにもかかわらず、毎年のように「気がついていなかったこと」「認識し直すこと」が出現します。一生勉強だ、ということはわかっているのですが、それが結構大きな結果を生んだりすると「どうして今まで気がつかなかったのだろう」と、結構へこんでしまうことも少なくありません。

 この1年ほどの間に、「体の使い方で認識を改めた」「初めて気がついた」大きな事例は3つあります。その度に、生徒を次々とチェックして、新たにわかったことがどのくらいの影響があるのか、問題である場合は解決策はないのか、ということを探ります。すぐに解決策がわかることもありますが、思いついたトレーニングにどのような効果があるのか判然としないこともあります。

 生徒は私にとっての「フィールド」でもあります。効果があると思われるトレーニングを「試して」みることも少なくありません。何通りかの方法が考えられる時には、もっとも効果が出そうな生徒とトレーニングの組み合わせを考えて試します。私は「治験」と呼んでいるのですが(苦笑)、生徒さんには「試してみてね」と断ってからトレーニングをしてもらいます。最近はあまり「外れ」がなくなったのですが、パターンが少しずつ違う何人かの生徒に「試して」みて、効果が明らかであれば正式なトレーニングとして採用します。

 生徒は、ひとりひとりが体の構造も使い方も、そして頭の使い方も全く異なりますから、同じトレーニングを指示しても、実際に行なわれることには大きな差があることを「予測」しなくてはなりません。そうでないと、人によって異なる効果を予見できないからです。こうしたことを「読む」力は、昔よりはついたように思いますが、まだまだ時間がかかります。新しい生徒さんがくると「私の言葉が本当に理解できるようになるには3年かかるよ」と言うのですが、それには、「私が生徒を理解するのにもやはり時間がかかる」という事実が含まれています。

 この1年に「わかった」新事実は、比較的大きな影響を与えるものでした。こうした発見があるのは、実は私の生徒を理解する力が増したこともひとつの原因かもしれないと思い始めました。しかし、そのことは「これからも自分の能力を伸ばさないと新しい発見がしにくくなる」ことも意味します。

 やはり、一生勉強ですね。新しく気がついた内容については、次のブログで書こうと思います。

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「その薬、飲んではいけない」はなし

11月16日

 今日の「日刊ゲンダイ」に、「その薬、飲んではいけない」と銘打った記事がありました。記事は免疫学者の安保徹氏のインタビューという形ですが、中に興味深い話が載っていました(安保徹氏のサイトはこちら)。

 ゲンダイ紙に紹介されているところによると、「交感神経と自律神経のバランスをとることで症状を改善する」ということが主眼の免疫療法を勧めています。槍玉に挙がっているのは、降圧剤、抗コレステロール薬、ステロイドなどですが、その中で消炎鎮痛剤も取り上げられていました。「肩こりや腰痛などで消炎鎮痛剤を使ってはいけない」という主張です。

 これは、整体の世界では当たり前のことでしたが、西洋医学の医者の立場からもこういうことを主張する人がでてきたのだなぁと、なんとなく興味を持ち、氏の公式サイトもざっと目を通してみました。

 私の腱鞘炎が「不治の病」になってしまったのは、痛みを生じた当初に消炎鎮痛剤を使いまくったからだと思っています。私に施術をしてくださった整体師も「湿布したでしょ。もう完全には治らないわよ」と言われましたが、その後の経験でも冷湿布を使った人はなかなか改善しません。肩こりや腰痛でも、私の生徒やまわりの人には「冷湿布だけはするなよ!」とうるさく言い続けています。

 痛みやかゆみは、体が発している「SOS」です。痛みやかゆみはそれ自体が非常に苦痛なので、酷い時にはそれを取り去ることが最初の目的になってしまいますが、整体術では、いわゆる「湿布」が体が「SOS」を受けて自己修復する機能を妨げてしまうのだと考えます。もちろん、冷湿布には消炎効果だけでなく「血流を阻害する」効果もありますから、自己修復機能をさらに落としてしまいます。

 ヴァイオリンに限らず、楽器を弾く人にはさまざまな体の故障を抱えている人が多いのが実態です。私のところに相談に見える方でも、痛みにすぐに鎮痛剤や消炎剤を使ってしまった人が多いのですが、薬を安易に使うことはとても危険です。そうしたことも是非知っておいていただきたいと思います。

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