« フォーカル・ジストニアとの闘い2 | トップページ | フォーカルジストニアとの闘い4 »

フォーカル・ジストニアとの闘い3

【4】フィジカルな問題が解決する方向が見えるまでの2ヶ月間

 この時期(12月後半から2月初旬まで)が、本人にとっては一番辛かったのではないかと思う。自分の方法論を完膚なきまでに否定され、私のトレーニングメニューに完全に従ってもらうまでの時期なのだが、涙を流したことも1度や2度ではなかった。「こんなことをやっていたら、いつになっても弾けないんじゃないか・・・」と諦めかけたことも1度ならずあった。私自身、「必ず治る」と言えない状況の中で、苦しみを長引かせることになるのではないか、という懐疑心とも常に闘っていた。しかし、フィジカルな問題は解決できそうだった。少なくともパソコンを打ったり文字を書いたりすることは楽になるだろうと予想できたので、なんとか頑張ってくれ、と願った。

「どんなに高い山でも、遠くから見たら美しく見えるし、まっすぐ行けば上れるような気持ちになる。だけど、一旦山道に入ったら、頂上は見えない。頂上が見えないことで諦めてしまったら、山に登ることは決して出来ない。君がどこにいるかが見えるのは、外から見ている私だけだよ。君は少しずつ、山を登り始めた。しばらく、僕がガイドするから信じてついてきてほしい」

************************
●12月30日

右腕の状態:筋肉の状態は「普通の人のひどい状態」くらいには戻っている。上腕部は皮膚の損傷がまだ治っていないので、もう少しかかりそう。三角筋は、前部繊維にもかなりの負荷がかかっている。少し施術を続ける必要がありそう。
   手部:伸筋側には、かなり負荷がかかった痕がある。これも少し時間がかかると思うが、取り去ってしまう必要がある。
   全体的には、筋肉の硬化による手首への影響はほとんどなくなったと考えていいだろう。あとは、頭の問題。
ボウイングについて:弓先にキープしておけるかどうかが、次のステップ。肘を内側にねじらず。まっすぐに重みをかけた状態で弓をキープすること。指や手首が硬直したらダメ。この状態で、腕に無理が来なければよい。
手の問題:ボールを握るようなトレーニングは続けること。
手首が持ち上がる問題について:無意識に入った力は、意識で抜くことはできない。これは運動の原理。手首が持ち上がり始めた時に抗おうとする力を入れると、かえって状況は悪くなる。むしろ、手首が持ち上がり始めたら、一旦その方向に意図して力を入れて、そして抜く。そのことで無意識の力が取れる可能性がある。
ボウイングの練習は、ダウンはA線、アップはD線でやること

●1月10日

右腕の状態:上腕部も筋肉の形がわかるようになってきた。これなら大丈夫だろう。
ボウイング:シャドウボウイングの目的は、あくまで腕を順序よく運動させることを覚えること。肘を上げる、のではなく、後から順に腕が運動したら、肘は自然に「上がる」のです。小さなサポートで、手首の余計な力はほとんど抜ける。あとは、これが自分でできれば基本的な運動は覚えたことになる。現状は、気をつけていないとまだ余計な運動が加わってしまって、手首が硬くなる。肩がときどき硬くなってしまうので、硬くなったと思ったら、腕を伸ばす、回す、を繰り返すこと。ターンするときも、手首は何もしないこと。前回も説明したが、「よりかかる」イメージをしっかり作りたい。正しい動きができる確率は増えている。楽器の位置を変更したので、忘れないこと。肩当ての当て方も変わっています。

●1月20日

腕など:右腕は大丈夫です。肩甲骨周辺の固まりも、ほぼ取り去れた。腕の運動に支障がでることはもうないでしょう。整体は、もう少し続ける必要がある。
シャドウ:まだまだこだわりすぎている。シャドウの目的は、腕が後から動くことを覚えることだけ。他のことは、意識してはいけないのです。
次のステップ:物を持った時に、伸筋側が硬くならないこと。さまざまな重さの、さまざまな形状のものを持ってみること。弓のような先端に重みがあるものは、ある意味では一番難しい。シャドウで腕を順序よく動かし、物を持った状態で伸筋側に力が入らなくなったら、小さなものを持ってシャドウをやる。これができれば、いよいよボウイングに移ることができるのだが。

●1月30日

上腕はもう少しかかりそう。まだ固まりが取りきれていない。
シャドウ:基本的に、シャドウでは前腕の縮れは出ない。しかし、まだ運動が完全に出来上がったわけではないので、シャドウは続けること。
ものを持ったシャドウ:これは、手首が硬くなる。
何かを持った時に、手首を固めないことが次の目標。もの持って手首を動かす、反対の手で手首を振る、などの動作をやってみること。
これからの方向について説明しておきます。
・    腕の運動の順序、しなやかさを作ること
これは、現在のシャドウから、次は、実際に弾くことで作ります。もう少しかかります。
・    弓を持つことによって、前腕が硬くならないこと
ある意味で「本質」。弓を持っても手首が硬くならない状態まで持っていかないと、ボウイングにはならない。
・    物を持った運動によって前腕が硬くならないこと
何かを持った状態で、木の方向を曲げずにシャドウができるようにすること。これは、上が理解できたら、すぐに取りかかります
ここまできたら、大きなボウイングはできるようになっているはず。
**********************************

 このあたりまでが、本人が「何とかしてやろう」と思っていた時期である。この直後に、彼の意識が変化した。

【5】リハビリの「本当の」始まり

 腕や肩関節の状態は、この2ヶ月間で明らかに改善した。手首の可動域はまだ少し小さめだったのだが、最初に比べて明らかに屈曲方向の可動域が広がった。肩関節も、不十分ではあるが動き始めた。そうした小さな積み重ねと、自分がやろうとしている方向でまったく手のコントロールができないことに気づいたことで、私のリハビリメニューに乗ってくるようになった。

 この段階での目的は、ヴァイオリンを持つ以前に、各関節の可動域を十分に広げ、楽器を持たない状態で「無意識に力が入ること」を取り去ることだった。私の仮定(最初にフォーカル・ジストニアの症状が出て、それが他の運動に広がった)が当たっていれば、ヴァイオリンを弾く(弓を持つ)作業以外で起こっている無意識の反応を取り去ることは、それほど難しくないのではないかと考えていた。

 ある意味で「バクチ」だったのは、私の仮定が外れている可能性を否定しきれなかったことだ。仮に、身体的な症状が先行していて、本人が意識していない状態であらゆる動作に対して「精神的に」反応してしまっていた場合、楽器を弾くこと以外を先行して改善することができない可能性があったからだ。

 しかし、この時期にさまざまなトレーニングをしているうちに、楽器を弾くこと以外の動作については、明らかな改善が見られるようになった。

**************************
●2月6日

右腕について:前腕はまだ少し硬く、手首の落ち方が小さい。ほぐすと、かなり良くなるので、前腕の施術は続けること。何も考えないで腕を前に上げた時に、手首も指も緩んだ状態にないとだめです。
シャドウ:「少し続けていると、おかしなことが始まる。手首に力が入りそうになる」それがなくなれば解決、ということです。あちこちがほぐれてきたようなので、体の使い方が少しずつ変化しているのです。それが大切。肩甲骨の周辺は、問題が解決しつつあるのだが、まだ動きが小さい。シャドウ自体は、かなりよくなっている。小さなきっかけがわかるようになってきたのも進歩。単純なシャドウと、バーを持ったシャドウを交互にやることは効果がある。
新しいトレーニング1:棒を持った状態で、手首を落として5秒キープ/ゆっくり棒を持ち上げる/すとんとおろす/落とした状態で5秒・・・を繰り返すこと。10回が1セット。1時間に1回だけ。できるようになったら、ぶら下がっている時間を5秒から10秒に伸ばす。
2:テーブルに肘から先を乗せ、指を動かしながら手首を動かすこと。20秒動かしたら1分休む。これを5回。1日2回まで。
**************************

 この時期から本格化したトレーニングのひとつ。目的は、弓以外のものを持った時に手首の力が抜けて可動域が確保することと、指と手首の運動を分離すること。根気が必要なトレーニングだが、彼は毎日きちんと続けてくれた。

****************************
●2月8日

シャドウ:「シャドウとものを持ったシャドウを20回ずつやっても、おかしなことは起こらない。そのあと、腕を振る運動。そして物を持って上下に運動させる。その後、肘を置いて手首を動かした。やっている間は、手首がめくれ上がることは出ていない」それはよいことです。手首に問題を生じないで、ボウイングの基本的な運動があれこれできるようになれば、問題は解決する。
ポイント:手首を上げて落とす時には、筋肉で下に引っ張るのではなく、「すとん」と落として欲しい。シャドウの時には、指の付け根が硬くならないようにだけは気をつけて欲しいです。全く変形しない状態だと、あまりうれしくない。やはり、ものを持ったシャドウの後は、少し右手首が硬いようです。手首の運動は、もう少しゆっくりの方がよい。あまりムキにならないこと。
一回りやってもらった後の手の状態:前腕部については問題を生じていない。
新しい課題1:一番始めと最後にやること:両手を高く上げて、3回「上に向かって」握る。「上に向かって指を伸ばす」を繰り返す。そして、肘を大きく後に引っ張って、肘が90度になったら、ストンと落とす。引っ張る時に、前腕が上を向いている状態をキープすること。現状では、腕を上に上げると腕が痙攣する。これがしなくなれば、しめたものです。
2:左から:腕を上げて首をよりかかり、腕で首を直立させる。その後、首で腕を元の位置に戻す。これを3回ずつ。頭がくらくらするようならやめること。これは、1日1回だけでいい。
3:腕を水平に上げ、上腕を回す。肩が動かないで回る状態を作ること。これは10回くらい。1日2回やってよい。
*****************************

 これらのトレーニングは、複数の関節を動かすときの「連動」をできるだけ取り去ることが主眼。

****************************
●2月10日

新しい課題1:横臥して、右腕を左腕で持ち上げる。肘から先があがるように。この時に、右腕には絶対に力が入ってはいけない。上腕の筋肉が弛緩した状態のままで、肘を曲げ伸ばしすることで上腕の筋肉が自然に変形することを確認する。それを十分にやったあと、仰向けに寝て肘から先を上げてみる。この時に、肩周辺、手首周辺に力が入らないようにすること。これは、比較的たくさんやっても大丈夫。
   2:同じことを、腕を逆手にしてやってみること。
   3:仰向けに寝て、ゆっくり肩から腕を上げる。大胸筋を使わないように。これは左右ともにやること。

●2月13日

課題の順序:ストレッチ、シャドウ、ものを持ったシャドウ、手首の運動1(腕を前に上げる)、2(弓を持って上下運動)、横臥して腕を上げる(サポート付き/サポートなし)順手/逆手、上向きに寝て腕を上げる(大胸筋を押さえ込んで、下からと横から/左右ともに)、腕を横に上げてまわすこと(肩甲骨、鎖骨を止めて肩関節だけで動かすこと/注1)、腕を振る、腕を上げて首を寝かせて首を振る。
(注1)肩関節の中で少し異音がするようになっている。肩関節自体は、少しずつ動き始めているようです。肩関節が全く動いていなかったので、少し音がしたり「ガクン」となったりするだろう。
新しい課題:今日のテーマは、関節を緩く動かすこと。指、手首、肘、肩の各関節を、ゆっくりと柔らかく動かす。動かす時には、自立的に運動させるのではなく、反対の手で持って柔らかく回すこと。
いくつかの注意点:シャドウのときは、肩に力を入れないこと。首を前に落とさないこと。
次回は、楽器を持つ話をします。

●2月15日

注意点をいくつか
・左腕を回すのは、横に上げてまわすのではなく、右手をテーブルについて左腕をだらんと落とした状態で、ゆっくり回して下さい。関節内の状態がとてもかたいので、腕を上げて強引に腕を回すと傷める危険性がある。
・右腕は、頑張ってまわすと肩甲骨ごと動いてしまうので注意すること。あくまで、肩関節を運動させることが目的。
トレーニングのチェック
1)ストレッチ:つま先を上げる必要はない。腕を上げて下ろす時は、もっとゆっくりで、肘を思い切り後に引っ張りながら下ろすこと。
2)シャドウ:シンプルなシャドウは問題なし。物を持ったシャドウは、指の付け根を固めないこと。肩に力を入れないこと。
3)手首の運動1:腕を振り上げて手首を落としてみること。これは上手くいっている、手首の力がだいぶ抜けて来た
4)手首の運動2:弓を持って手首の上下運動。筋肉運動で落としてはいけない。腕を上げるのではなく手首で持ち上げること。落とすときは、手首を下に曲げるのではなく、自然に落下させること。落下した状態で、5秒くらいそのままの状態でいること。
5)横臥して腕を上げること。サポート付き、自立して持ち上げる、の組み合わせで、順手逆手。注意することは、動く関節以外は力が入らないこと
6)仰向けに寝て腕を上げること。ゆっくり動かすこと。基本的な運動は、すべてゆっくりつくること。速い運動はありません。
7)腕を上げて肩関節を回す。左は、だらんとぶら下げた状態でやること。
8)手首を振ること、手を上げて首を運動させること
9)指の関節を柔らかく回すこと、手首を柔らかく回すこと
→ ここまでが、動く状態を作る前提のトレーニング。ここから先は、「動かす」トレーニングなので、一度様子を見させて下さい。
新しいトレーニングを追加:
・ボールを握ること:腕を下ろしてボールを握る。指先だけでなく、指と手のひら全体でやわらかく握ること。握った状態で、手首がフリーになるように。弓を持つための下準備です。右腕は、ボールを握る以外は、全く力が入らないように。
*********************************

 筋肉の連動をある程度取り去れたら、次にやるべきことは関節の柔軟性を取り戻すことになる。最初に特定の関節の柔軟性を取り去ろうと思っても、他の筋肉が連動してしまうとうまくいかない。これは、脱力で多くの人が誤解している点だ。メニューインが書いているように「最初に赤子の柔軟性を確保すること」は運動を作るときの原理原則だが、ある関節に注目するだけでは柔軟性を確保できないことが多い。ある程度無駄な協同運動が取り去れると、柔軟性を取り戻すトレーニングがより有効になる。

 トレーニング自体は、考えられることをすべてやってもらうことにした。原因となっている可能性が少しでもあるものはすべてクリアしてしまうことを目標にして立てたトレーニングであるので、必要がないものも含まれているとは思う。しかし、少しでも早く到達するためには、余計なことが含まれていてもよいだろう、と、考えることにした。

 こうしたトレーニングとは別に、パソコンを打つときの姿勢や手を楽にするための方法を指示した。1ヶ月ほど、このような作業が続いたのだが、3月になると、明らかな変化が起こった。

つづく

|

« フォーカル・ジストニアとの闘い2 | トップページ | フォーカルジストニアとの闘い4 »

楽器を弾くための体の話」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1287934/45761581

この記事へのトラックバック一覧です: フォーカル・ジストニアとの闘い3:

« フォーカル・ジストニアとの闘い2 | トップページ | フォーカルジストニアとの闘い4 »