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2012年6月

ロビーコンサート@春日部市立病院

 26日、約半年ぶりに春日部市立病院にお邪魔して、ピアノのKEIさんとロビーコンサートを行なってきました。このコンサートは、基本的には入院患者さんのためのものですが、病棟ではなくてロビーで行なうために、外来の方や一般の方でも聞くことができます。

Dscn1361  プログラムは、日本の歌(夏にちなんだもの数曲)、夏の歌のメドレーに、クライスラーの「プニャーニのスタイルによる前奏曲とアレグロ」「美しきロスマリン」チャイコフスキーの「メロディ」。

 KEIさんの企画で、何カ所の病院/老人ホームでのコンサートを続けてきましたが、やはり、有名な曲の方が受けがいい。こちらが弾きたい曲、ではなく、聴きたい曲、一緒に歌える曲、を上手に組み合せるのが大切ですね。そういう意味では、プニャーニはやや暴走気味か・・・とも思いました。

 久しぶりなのでペースをつかむことが難しく、話があまりできなかったのが残念です。曲にまつわるお話をもっとできれば良かったな、と反省。

 

次回は8月28日。暑いさなかですが、お近くの方はふらっとお寄り下さいませ。

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フォーカル・ジストニアとの闘い(最終)

【7】一進一退のボウイングのトレーニング

 この段階で彼に課したトレーニングは、以下のようなものだった。

1)各種のストレッチ。柔軟性を失わないように、これまでのトレーニングをセレクトして続けてもらった
2)サポートをしてもらって、ボウイングの動きを再現すること
3)ひとりでアップだけのボウイングをすること

 私の目的は、彼がフォーカル・ジストニアを発症した時点での「最初のフィジカルな反応」を見つけ出すことにあった。これまでさまざまな人たちのレッスンやリハビリをしてきて、フィジカルな反応が「一斉に」出てくることはない、と考えているからだ。実際に本人が気がつくことは「大きな運動障害」であることがほとんどだが、そのきっかけになることは小さな反応であることが多い。そして、それを見つけられるかどうかが、「癖を取り去る」ための決定的に重要なポイントだと思っているからである。

 実際に、この「小さな最初の反応」を見つけ出すことが困難であるケースは少なくない。反応自体が小さいものであることが多い上に、反応がどこに現れるかは予想がつかないからだ。右肩に力が入ってしまうことの根本原因が、足首の捻挫の後遺症であったケースすらある。F君の場合、中学・高校時代に陸上競技をやって鍛えた筋肉がかなりそのまま残っており、最初に余計な力が入ってしまった原因を完全に解明することは難しいとも思えた。研究対称ならひとつずつ可能性を取り去っていくのだが、目的は一刻も早く彼がヴァイオリンを再び弾けるようになることなので、同時に複数の点に注目しながらリハビリを進めた。結果として「最初の症状」が正確に把握できなくてもよいと考えた。

 援軍としての奥様の力は、非常に大きかった。それは、実際に家での練習の効率が劇的に向上したこと、チェックをする第三者が常にいる状況を作れたこと、ということだけでなく、精神的にも大きかったのである。レッスンの時に出来たことが家ではできなくなる、また、その逆が起こる。こうしたことを繰り返していくうちに、彼が奥様に「頼って」いる部分と「見栄を張っている」部分がはっきりと見えてきた。そのことで、奥様のサポートの方法をいろいろと模索することができた。これは、心理的な問題を解決するためには、とても大きなことだったと思う。

 この段階では、私がサポートすると、手首に力が入らずにボウイングができることが増えた。奥様のサポートでも「調子がいいとうまくいくことがある」という程度にはなりつつあった。ただし、ひとりで弾こうとすると、まだまだ手首の「めくれ上がり」が起こってしまう。

 手首がめくれ上がる直前の筋肉の状態を注視しているうちに、問題点は前腕部の硬化していたところと親指にありそうだった。同時に、指と手首の分離がまだ完全ではなく、弓を持つ作業自体で手首に力が入る問題も残されていた。その他にも、小さな症状がいくつかあり、それにも対処していった。

 主な諸症状から離脱するために、いくつかの方法を用いた。

1)弓の指があたる部分に両面テープを貼ること(指の負担を減らす)
2)親指の付け根をテープで角にならないように固定すること。親指にゴムサックをつけること(親指の居心地が悪く/親指が比較的長く「持て余した」状態で、親指の付け根を角張った状態で固定しやすい)
3)指が自然に変形する動きを覚えること

 弓にテープをつけたり、手に器具を用いることについて、彼は最初は明らかな拒否反応を示した。彼の性格からすると当然のことだが、「自分でやっているのではない」という意識が強く働くからだ。うまくいっても「テープをつけているし・・・」と、どうしても否定的に考えてしまう。

 私は、普通のレッスンでも、こうした器具を使うことに抵抗がない。弓を持つ時にハンカチを握らせたまま弾かせたり、テープを使ったりすることは少なくない。自転車の練習をする時の「補助輪」のようなものだと思っているからである。(ただし、弓の軌道を安定させるための器具は絶対に使わない。結果を安定させるために別の運動を作ってしまうことがほとんどだからだ。)こうした練習に拒否反応を示す生徒は彼一人ではないが、その都度、動きを覚えたり安定させたりするために器具を使うことを「じゃあ、肩当ては?」と言って納得してもらっている。彼の場合も、最初は明らかに抵抗感があったようだが、毎回のようにいろいろな話をしていくうちに、次第に抵抗感がなくなっていった。

 ボウイングのトレーニングは、まさに「一進一退」を繰り返した。少し良くなったと思うと、小さなきっかけで新たな問題が出てくる、ということが2ヶ月近く繰り返された。彼と奥様にとっては「またか」と思うようなことが度々起こったのだが、私は、ある時期からは楽観視していた。問題がピンポイントに指摘できるようになってきたからだ。

 指の自然な変形は、奥様のサポートのおかげで、比較的短時間にできるようになった(思い出した?)。親指の伸縮が問題だったが、指サックを短くすることでほぼ解決した(関節を押さえなくするだけでなく、短く切ったサックの端が、親指の第一関節の屈曲を助けたようである)。

 フォーカル・ジストニアを発症したときの最初のフィジカルな反応は、とうとう特定することはできなかった。本人が「弾けない」と感じたのは「手首のめくれ上がり」という症状だが、トレーニングを続けている間に、親指の硬直、肩甲骨の拳上運動、上腕の固定、肘の運動方向の混乱など、さまざまな要素が手首のめくれ上がりに直結していたからだ。サポートしている状態でも、2、3往復すると手首が硬くなってめくれ上がる。本人は手首と親指に「ダメだ」という意識が強かったのだが、それ以外にも上記のような運動が手首のめくれ上がりのきっかけとなっていることがわかった。運動を小さく修正したり、器具を少し工夫するなどの対処をとった。

 4月から5月初旬にかけては、こうした状態が繰り返された。

【8】ボウイングができた!

 明らかに変化が出てきたのは、5月の中旬である。上手にサポートすると、10往復ほどのボウイングができるようになり、一人で弾くアップ・ボウも、きちんとした運動ができる確率が上がってきた。本人も、「わかった」と思うことが増えたようである。

 5月下旬になって、初めて、一人で往復するロングトーンができた。たった1往復ではあったが、きれいな運動をひとりで作ることができた。「これか!」と、彼も初めて「できた」と感じたようだった。まだ2往復目からは運動が崩れてしまうのだが、「0が1になった」ことの意味は大きかった。彼は「なんで続かないんだ・・」と非常に口惜しく感じたようだが、私の「0を1にするのは質的な問題だから大変だけど、1を2や10にするのは、量的な問題だから、これまでのことを考えたらすぐにできるよ」という説明に、ある程度納得してくれたようだ。

 奇しくも、この日は彼の誕生日だった。ワイン付きのランチを一緒に食べながら、彼が心から笑う姿を始めて見ることができたように思った。

 ここで、私はひとつの過ちを犯してしまった。腕があまりにきれいに動いたので、少し欲がでたのだろう、練習時間を伸ばすように指示してしまったのだ。その結果、2週間ほどでまた手首が硬くなる症状が起こり始めた。腕を調べてみると、上腕部の硬くなっていたところの疲労が激しかった。私が想像していた以上に腕の筋肉が硬化していた後遺症が強く残っていて、すぐに疲労する状態だった。腕全体や首、肩を緩める施術をして、2日間、楽器から離れてもらわなくてはならなかった。しかし、腕をゆるめると運動ができることが確認できたので、楽器を弾かない日を作ることをお願いした。

 私にとって6月15日は忘れられない日になるだろう。

 十分に休養とった後、サポートしてボウイングをやってもらったときの腕の感触が、これまでとは全く違うものだった。ひょっとして、と思い、ひとりでロングトーンをやってもらった。

 彼は10往復のロングトーンをやりきった。

 どこまで続けられるかを確かめたい衝動に駆られながら、私はかれの右手を持ち上げた。「できたじゃん」

 これから、本格的にヴァイオリンを弾く練習になるが、私としては最大の山を越えたと思っている。現状では、サポートしていても左手を押さえると右手首に力が入ることがあるのだが、これはそれほど苦労することなく、取り去ることができるだろう。ボウイングに対する恐怖心は、徐々に少なくなるはずだ。

 彼には、私がやっているオーケストラの曲のパート譜をプレゼントした。近いうちに、オーケストラで演奏している彼の姿を見ることができると確信している。

【9】まとめ

 現状では、彼はまだ自由に弾ける段階には至っていない。左手をつけると、右手に力が入りやすい状態なのだが、「力が入る=手首がめくれ上がる」という状態ではなくなった。これは、本人にとっては大きな進歩だと思う。最大の「恐怖心」を取り去ることができる方向に向かっているからだ。

 これまで、腱鞘炎や肩関節周囲炎(いわゆる五十肩)、関節の可動不全などのリハビリをお手伝いさせていただいて、多角的な見方が大分できるようになってきたようには思うが、今回のようなケースではある意味で「手探り」だったことは否定できない。ここまでたどりつけたのには、多分に幸運な面もあったかもしれないとは思う。

 このような結果を得ることができた最大のポイントは、腱鞘炎や五十肩などのリハビリで、メンタルな部分が重要であることを繰り返して経験してきたことだと思う。最初から、本人の心理的な状態や性格を考えながらリハビリができたことが、重要な要素だったのだと考えている。

 手に故障を起こすと、多くの人が最初に整形外科にかかってみる。しかしながら、現状の整形外科では、多くの病院が複雑な事例には対応しきれていないように感じている。(忙しさにかまけて十分な勉強ができていないのだが)最近は「音楽家の手」について専門的に治療を行なっている医療機関もあるので、そのようなところでは、心理的な側面も含めて十分な体制がしかれているのかもしれないのだが・・

 整形外科で、注射一本で劇的に改善するケースもある。特に、最近は局所的にステロイドを注射する治療法などもあり、良い結果がえられることも少なくない。しかし、逆にブロック注射で症状が悪化した例も少なからずある。最初から漢方の治療を受けて、後遺症も残らずに良好に完治した例もあれば、漢方の治療が全く効果をもたらさなかったケースもある。何が合うか、ということは、心理的な問題も含めてひとりひとり違うのだ、ということを肝に命じておかなければならないと思う。

 今回、あれこれと書いたことで、いくつかの貴重な情報もいただけた。「医者が楽器を弾く運動を理解してリハビリに当たる」ところは、前述のように増えていると思う。私は、これまで以上に体の仕組みや運動の理解を深めて「ヴァイオリン弾きが体を理解してリハビリに当たる」ことができるようになりたいと思っている。

 長いレポートを読んでいただいて、ありがとうございました。

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フォーカルジストニアとの闘い4

【6】姿を現したフォーカル・ジストニアの「本体」

 3月に入ってしばらくすると、関節の状態や運動が明らかに変化を見せた。各関節が少しずつ柔軟性を取り戻し始め、手首の可動域も広がってきた。腕を振り上げて水平に静止させた時に、右手首も左手首同様、下に落ちるようになった。これが、私が欲しかった最初の結果だった。これで、私は当初の仮説が正しかったことを、ほぼ間違いないだろうと思えるようになった。

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●3月5日

各トレーニングのチェック
1)腕を上げること:腕を上にあげたら、肘を後に引っ張りながらゆっくり下ろしていく。後はゆっくりで、ある程度落ちたら、ストン
2)腕を振り上げること:これは大丈夫。手首は大分力が抜けるようになった。
3)横臥して肘から先を上げる/など:目的は、肘を動かす運動を独立させること。肘を動かすと肩を固めてしまう(動かしてしまう)習慣があるので、それを取り去ることが最大の目的。
4)仰向けに寝て腕を上げる(肩を上げないで)これは大丈夫だとおもうのだが、肩関節内に激しい異音。あまりに音が酷いようだと、関節内を傷める可能性があるので注意する必要がある。
5)肩から腕を回す/動かす運動:これもできている。肩関節がかなり動くようになって来た。ただし、これも異音が酷いようなら様子を見ます。
6)腕を上げて握るときは、手首を脱力しておきたい。脱力したままで握れることを目標にしたいのです。次のステップとしては、腕を下ろしたままで握ること。上腕に力が入らないこと。
7)シャドウボウイング:やや肩が上がり過ぎる。物を持ったシャドウは、持たない時と同じ手首の動きがないとダメ。
8)弓を持つこと:上から持つこと。手首が落ちた状態で弓を持っては意味がない、というか逆効果になってしまうよ。
9)手首を振る:あまり長くやらないこと。どのトレーニングもやり過ぎないこと。疲労をためてはダメですよ。
10)首を倒す/関節をユルユル動かすこと:これは大丈夫、つづけてください。
新しい課題:棒を握って、脇を締めた状態で肘を曲げて手先を上げる。そのまま、手首を上下に動かす。肘が回らないように、がポイント。

●3月8日

新しい課題について:手首が上下左右に「ばらばらに」動くことを頭が理解する(再確認する)ことが目的。
新しい課題:ハンドアックスを握る。軽く握った時に、手首が柔軟さを保っている状態を作る。最初に左手で作って、右手に感覚を「移植」する。左手の運動をしている時に、右手首が固まらないように。
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 トレーニングは、「動きを作る」方向に進んだ。まだ筋肉の疲労による硬化が見られたが、固まったために動かなくなる、という状態ではなくなった。少しずつだが、確実に前進していることを、彼も納得してくれたように思う。トレーニングに対して、明らかに前向きになっていた。

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●3月14日

楽器の保持:持ち方を少し変える。肩当てのつけ方に気をつけること。右手の負担を減らすために、楽器を少し内側に向けます。
左手のリハビリ:シュラディックを、音名を歌いながら左手だけで弾くこと。楽器を持つ時に、楽器を挟んだら一旦左腕を下ろし、上腕を外側に回してから、腕を上げて楽器を持つこと。
右手:弓の持ち方を、過去のものに近づけます。小指が当たらないように、手を斜めにして弓の上に置くこと。人差し指は、第2関節が弓にあたるように持つ。楽器を持ったら、そのまま空中でシャドウを10往復やること。それから、弓を持って、弓先の印のところに弓を当て、アップだけ。5回やったら休むこと。アップは、もっと続いているようなイメージで、腕を左上方へ放すようにすること。この方法は、普通の方法ではないが、昔のボウイングのイメージを取り戻すためには最善だと思う。手首のことは忘れていい。力が入っても構わないので、続けないこと。
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 ボウイングをどのように立て直すか、ということについては、多いに迷った。当初の構想では、彼が過去にやっていたような「ロシアン」スタイルに近づけたかったのだが、やってみると手首を水平に横に曲げる習慣が顔をのぞかせた(これは昔のスズキ・メソッド出身者に多い運動で・・・私自身は師事したことはないが・・・鈴木慎一氏の方法論ではないかと思っている)。彼の場合、手首を横に曲げることで上腕部の負担が大きくなり、手首を固めてしまうことは明らかだった。この運動の習慣を取り去ることが、大きなテーマとして2ヶ月以上、私たちを悩ませることになった。

 この時期になって、彼がフォーカル・ジストニアを発症していたことがほぼ明らかになった。

 手首の脱力、筋肉の運動の分離が進むにつれて、弓を持つこと以外の作業については、明らかな変化が見えてきた。当初は腕を振っただけで手首が伸展して固まってしまっていた症状がなくなり、次に、弓以外のものを持った時の手首の緊張(緊張しているのは上腕部の筋肉)がなくなってきた。普通にもつだけでなく、棒を弓を持つように持たせても、手首に力が入らなくなったのだ!

 しかし、弓を持とうとすると、手を開いた瞬間に手首がめくれ上がってしまう。弓以外では全く起こらないことが起こっていた。

 フォーカル・ジストニアは、原因が多岐にわたり、なかなか治らないものだとされている。しかし、彼の状態を見てきて、この段階で「これは、行けるだろう」と確信した。他の要因をすべて取り去ることができたので、純粋に心理的な反応を取り去ればよかったからである。ある意味で「癖」を取り去るのと同じだと考えたのだ。ここまでを「進歩」と思ってもらえれば、残りの道もいけるのではないか、という気持ちを持ってもらえるのではないかと思ってもいた。もちろん、それが大変であり、時間がかかる作業であることはわかっていたが。

 彼には、積極的に「もう、フィジカルには治ったよ。あとは、染み付いた癖を取り去るだけ。少し時間はかかると思うけど、絶対に良くなるから、もう少し頑張ろう」と説明した。

 この時期に、強力な援軍が加わった。彼の奥様がレッスンに同行してくれるようになったのだ。家でのトレーニングも、奥様の力を借りて進めることができるようになった。

つづく

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フォーカル・ジストニアとの闘い3

【4】フィジカルな問題が解決する方向が見えるまでの2ヶ月間

 この時期(12月後半から2月初旬まで)が、本人にとっては一番辛かったのではないかと思う。自分の方法論を完膚なきまでに否定され、私のトレーニングメニューに完全に従ってもらうまでの時期なのだが、涙を流したことも1度や2度ではなかった。「こんなことをやっていたら、いつになっても弾けないんじゃないか・・・」と諦めかけたことも1度ならずあった。私自身、「必ず治る」と言えない状況の中で、苦しみを長引かせることになるのではないか、という懐疑心とも常に闘っていた。しかし、フィジカルな問題は解決できそうだった。少なくともパソコンを打ったり文字を書いたりすることは楽になるだろうと予想できたので、なんとか頑張ってくれ、と願った。

「どんなに高い山でも、遠くから見たら美しく見えるし、まっすぐ行けば上れるような気持ちになる。だけど、一旦山道に入ったら、頂上は見えない。頂上が見えないことで諦めてしまったら、山に登ることは決して出来ない。君がどこにいるかが見えるのは、外から見ている私だけだよ。君は少しずつ、山を登り始めた。しばらく、僕がガイドするから信じてついてきてほしい」

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●12月30日

右腕の状態:筋肉の状態は「普通の人のひどい状態」くらいには戻っている。上腕部は皮膚の損傷がまだ治っていないので、もう少しかかりそう。三角筋は、前部繊維にもかなりの負荷がかかっている。少し施術を続ける必要がありそう。
   手部:伸筋側には、かなり負荷がかかった痕がある。これも少し時間がかかると思うが、取り去ってしまう必要がある。
   全体的には、筋肉の硬化による手首への影響はほとんどなくなったと考えていいだろう。あとは、頭の問題。
ボウイングについて:弓先にキープしておけるかどうかが、次のステップ。肘を内側にねじらず。まっすぐに重みをかけた状態で弓をキープすること。指や手首が硬直したらダメ。この状態で、腕に無理が来なければよい。
手の問題:ボールを握るようなトレーニングは続けること。
手首が持ち上がる問題について:無意識に入った力は、意識で抜くことはできない。これは運動の原理。手首が持ち上がり始めた時に抗おうとする力を入れると、かえって状況は悪くなる。むしろ、手首が持ち上がり始めたら、一旦その方向に意図して力を入れて、そして抜く。そのことで無意識の力が取れる可能性がある。
ボウイングの練習は、ダウンはA線、アップはD線でやること

●1月10日

右腕の状態:上腕部も筋肉の形がわかるようになってきた。これなら大丈夫だろう。
ボウイング:シャドウボウイングの目的は、あくまで腕を順序よく運動させることを覚えること。肘を上げる、のではなく、後から順に腕が運動したら、肘は自然に「上がる」のです。小さなサポートで、手首の余計な力はほとんど抜ける。あとは、これが自分でできれば基本的な運動は覚えたことになる。現状は、気をつけていないとまだ余計な運動が加わってしまって、手首が硬くなる。肩がときどき硬くなってしまうので、硬くなったと思ったら、腕を伸ばす、回す、を繰り返すこと。ターンするときも、手首は何もしないこと。前回も説明したが、「よりかかる」イメージをしっかり作りたい。正しい動きができる確率は増えている。楽器の位置を変更したので、忘れないこと。肩当ての当て方も変わっています。

●1月20日

腕など:右腕は大丈夫です。肩甲骨周辺の固まりも、ほぼ取り去れた。腕の運動に支障がでることはもうないでしょう。整体は、もう少し続ける必要がある。
シャドウ:まだまだこだわりすぎている。シャドウの目的は、腕が後から動くことを覚えることだけ。他のことは、意識してはいけないのです。
次のステップ:物を持った時に、伸筋側が硬くならないこと。さまざまな重さの、さまざまな形状のものを持ってみること。弓のような先端に重みがあるものは、ある意味では一番難しい。シャドウで腕を順序よく動かし、物を持った状態で伸筋側に力が入らなくなったら、小さなものを持ってシャドウをやる。これができれば、いよいよボウイングに移ることができるのだが。

●1月30日

上腕はもう少しかかりそう。まだ固まりが取りきれていない。
シャドウ:基本的に、シャドウでは前腕の縮れは出ない。しかし、まだ運動が完全に出来上がったわけではないので、シャドウは続けること。
ものを持ったシャドウ:これは、手首が硬くなる。
何かを持った時に、手首を固めないことが次の目標。もの持って手首を動かす、反対の手で手首を振る、などの動作をやってみること。
これからの方向について説明しておきます。
・    腕の運動の順序、しなやかさを作ること
これは、現在のシャドウから、次は、実際に弾くことで作ります。もう少しかかります。
・    弓を持つことによって、前腕が硬くならないこと
ある意味で「本質」。弓を持っても手首が硬くならない状態まで持っていかないと、ボウイングにはならない。
・    物を持った運動によって前腕が硬くならないこと
何かを持った状態で、木の方向を曲げずにシャドウができるようにすること。これは、上が理解できたら、すぐに取りかかります
ここまできたら、大きなボウイングはできるようになっているはず。
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 このあたりまでが、本人が「何とかしてやろう」と思っていた時期である。この直後に、彼の意識が変化した。

【5】リハビリの「本当の」始まり

 腕や肩関節の状態は、この2ヶ月間で明らかに改善した。手首の可動域はまだ少し小さめだったのだが、最初に比べて明らかに屈曲方向の可動域が広がった。肩関節も、不十分ではあるが動き始めた。そうした小さな積み重ねと、自分がやろうとしている方向でまったく手のコントロールができないことに気づいたことで、私のリハビリメニューに乗ってくるようになった。

 この段階での目的は、ヴァイオリンを持つ以前に、各関節の可動域を十分に広げ、楽器を持たない状態で「無意識に力が入ること」を取り去ることだった。私の仮定(最初にフォーカル・ジストニアの症状が出て、それが他の運動に広がった)が当たっていれば、ヴァイオリンを弾く(弓を持つ)作業以外で起こっている無意識の反応を取り去ることは、それほど難しくないのではないかと考えていた。

 ある意味で「バクチ」だったのは、私の仮定が外れている可能性を否定しきれなかったことだ。仮に、身体的な症状が先行していて、本人が意識していない状態であらゆる動作に対して「精神的に」反応してしまっていた場合、楽器を弾くこと以外を先行して改善することができない可能性があったからだ。

 しかし、この時期にさまざまなトレーニングをしているうちに、楽器を弾くこと以外の動作については、明らかな改善が見られるようになった。

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●2月6日

右腕について:前腕はまだ少し硬く、手首の落ち方が小さい。ほぐすと、かなり良くなるので、前腕の施術は続けること。何も考えないで腕を前に上げた時に、手首も指も緩んだ状態にないとだめです。
シャドウ:「少し続けていると、おかしなことが始まる。手首に力が入りそうになる」それがなくなれば解決、ということです。あちこちがほぐれてきたようなので、体の使い方が少しずつ変化しているのです。それが大切。肩甲骨の周辺は、問題が解決しつつあるのだが、まだ動きが小さい。シャドウ自体は、かなりよくなっている。小さなきっかけがわかるようになってきたのも進歩。単純なシャドウと、バーを持ったシャドウを交互にやることは効果がある。
新しいトレーニング1:棒を持った状態で、手首を落として5秒キープ/ゆっくり棒を持ち上げる/すとんとおろす/落とした状態で5秒・・・を繰り返すこと。10回が1セット。1時間に1回だけ。できるようになったら、ぶら下がっている時間を5秒から10秒に伸ばす。
2:テーブルに肘から先を乗せ、指を動かしながら手首を動かすこと。20秒動かしたら1分休む。これを5回。1日2回まで。
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 この時期から本格化したトレーニングのひとつ。目的は、弓以外のものを持った時に手首の力が抜けて可動域が確保することと、指と手首の運動を分離すること。根気が必要なトレーニングだが、彼は毎日きちんと続けてくれた。

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●2月8日

シャドウ:「シャドウとものを持ったシャドウを20回ずつやっても、おかしなことは起こらない。そのあと、腕を振る運動。そして物を持って上下に運動させる。その後、肘を置いて手首を動かした。やっている間は、手首がめくれ上がることは出ていない」それはよいことです。手首に問題を生じないで、ボウイングの基本的な運動があれこれできるようになれば、問題は解決する。
ポイント:手首を上げて落とす時には、筋肉で下に引っ張るのではなく、「すとん」と落として欲しい。シャドウの時には、指の付け根が硬くならないようにだけは気をつけて欲しいです。全く変形しない状態だと、あまりうれしくない。やはり、ものを持ったシャドウの後は、少し右手首が硬いようです。手首の運動は、もう少しゆっくりの方がよい。あまりムキにならないこと。
一回りやってもらった後の手の状態:前腕部については問題を生じていない。
新しい課題1:一番始めと最後にやること:両手を高く上げて、3回「上に向かって」握る。「上に向かって指を伸ばす」を繰り返す。そして、肘を大きく後に引っ張って、肘が90度になったら、ストンと落とす。引っ張る時に、前腕が上を向いている状態をキープすること。現状では、腕を上に上げると腕が痙攣する。これがしなくなれば、しめたものです。
2:左から:腕を上げて首をよりかかり、腕で首を直立させる。その後、首で腕を元の位置に戻す。これを3回ずつ。頭がくらくらするようならやめること。これは、1日1回だけでいい。
3:腕を水平に上げ、上腕を回す。肩が動かないで回る状態を作ること。これは10回くらい。1日2回やってよい。
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 これらのトレーニングは、複数の関節を動かすときの「連動」をできるだけ取り去ることが主眼。

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●2月10日

新しい課題1:横臥して、右腕を左腕で持ち上げる。肘から先があがるように。この時に、右腕には絶対に力が入ってはいけない。上腕の筋肉が弛緩した状態のままで、肘を曲げ伸ばしすることで上腕の筋肉が自然に変形することを確認する。それを十分にやったあと、仰向けに寝て肘から先を上げてみる。この時に、肩周辺、手首周辺に力が入らないようにすること。これは、比較的たくさんやっても大丈夫。
   2:同じことを、腕を逆手にしてやってみること。
   3:仰向けに寝て、ゆっくり肩から腕を上げる。大胸筋を使わないように。これは左右ともにやること。

●2月13日

課題の順序:ストレッチ、シャドウ、ものを持ったシャドウ、手首の運動1(腕を前に上げる)、2(弓を持って上下運動)、横臥して腕を上げる(サポート付き/サポートなし)順手/逆手、上向きに寝て腕を上げる(大胸筋を押さえ込んで、下からと横から/左右ともに)、腕を横に上げてまわすこと(肩甲骨、鎖骨を止めて肩関節だけで動かすこと/注1)、腕を振る、腕を上げて首を寝かせて首を振る。
(注1)肩関節の中で少し異音がするようになっている。肩関節自体は、少しずつ動き始めているようです。肩関節が全く動いていなかったので、少し音がしたり「ガクン」となったりするだろう。
新しい課題:今日のテーマは、関節を緩く動かすこと。指、手首、肘、肩の各関節を、ゆっくりと柔らかく動かす。動かす時には、自立的に運動させるのではなく、反対の手で持って柔らかく回すこと。
いくつかの注意点:シャドウのときは、肩に力を入れないこと。首を前に落とさないこと。
次回は、楽器を持つ話をします。

●2月15日

注意点をいくつか
・左腕を回すのは、横に上げてまわすのではなく、右手をテーブルについて左腕をだらんと落とした状態で、ゆっくり回して下さい。関節内の状態がとてもかたいので、腕を上げて強引に腕を回すと傷める危険性がある。
・右腕は、頑張ってまわすと肩甲骨ごと動いてしまうので注意すること。あくまで、肩関節を運動させることが目的。
トレーニングのチェック
1)ストレッチ:つま先を上げる必要はない。腕を上げて下ろす時は、もっとゆっくりで、肘を思い切り後に引っ張りながら下ろすこと。
2)シャドウ:シンプルなシャドウは問題なし。物を持ったシャドウは、指の付け根を固めないこと。肩に力を入れないこと。
3)手首の運動1:腕を振り上げて手首を落としてみること。これは上手くいっている、手首の力がだいぶ抜けて来た
4)手首の運動2:弓を持って手首の上下運動。筋肉運動で落としてはいけない。腕を上げるのではなく手首で持ち上げること。落とすときは、手首を下に曲げるのではなく、自然に落下させること。落下した状態で、5秒くらいそのままの状態でいること。
5)横臥して腕を上げること。サポート付き、自立して持ち上げる、の組み合わせで、順手逆手。注意することは、動く関節以外は力が入らないこと
6)仰向けに寝て腕を上げること。ゆっくり動かすこと。基本的な運動は、すべてゆっくりつくること。速い運動はありません。
7)腕を上げて肩関節を回す。左は、だらんとぶら下げた状態でやること。
8)手首を振ること、手を上げて首を運動させること
9)指の関節を柔らかく回すこと、手首を柔らかく回すこと
→ ここまでが、動く状態を作る前提のトレーニング。ここから先は、「動かす」トレーニングなので、一度様子を見させて下さい。
新しいトレーニングを追加:
・ボールを握ること:腕を下ろしてボールを握る。指先だけでなく、指と手のひら全体でやわらかく握ること。握った状態で、手首がフリーになるように。弓を持つための下準備です。右腕は、ボールを握る以外は、全く力が入らないように。
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 筋肉の連動をある程度取り去れたら、次にやるべきことは関節の柔軟性を取り戻すことになる。最初に特定の関節の柔軟性を取り去ろうと思っても、他の筋肉が連動してしまうとうまくいかない。これは、脱力で多くの人が誤解している点だ。メニューインが書いているように「最初に赤子の柔軟性を確保すること」は運動を作るときの原理原則だが、ある関節に注目するだけでは柔軟性を確保できないことが多い。ある程度無駄な協同運動が取り去れると、柔軟性を取り戻すトレーニングがより有効になる。

 トレーニング自体は、考えられることをすべてやってもらうことにした。原因となっている可能性が少しでもあるものはすべてクリアしてしまうことを目標にして立てたトレーニングであるので、必要がないものも含まれているとは思う。しかし、少しでも早く到達するためには、余計なことが含まれていてもよいだろう、と、考えることにした。

 こうしたトレーニングとは別に、パソコンを打つときの姿勢や手を楽にするための方法を指示した。1ヶ月ほど、このような作業が続いたのだが、3月になると、明らかな変化が起こった。

つづく

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フォーカル・ジストニアとの闘い2

【2】症状

 最初の症状は、フィジカルな問題(腕の筋肉の硬化)が原因であるものが含まれていた。手を触ってみて、簡単な動きをしてもらうと、その症状は以下のようなものが代表的だった。

① 両手を前に上げ、肘を伸ばして手を振ってみると、左手首は緩んで手部が落下するのに、右手は手首がめくれ上がったまま止まってしまう。そのときに、前腕部の硬化した部分周辺が、激しく動いて(不随意の運動)、停止する。
② そもそも右手首の可動域が極端に狭くなっていた。
③ 右手でものをつかもうとすると、自然に手首がめくれ上がってしまう

 可動域が狭くなっているのは、明らかに前腕の筋肉に問題があった。伸展方向の可動域はそれほど狭くないのだが、屈曲方向の可動域が異様に小さかったからである。伸展した状態で前腕部を固めてみると硬くなる部分が、まさに筋肉の硬化現象が見られたところだった。①についても、直接的な原因は前腕部の筋肉の状態にあると考えられた。

 問題は③である。これは明らかに「意識せざる」運動だった。この症状が、筋肉の柔軟性を取り戻した後も続くようであれば、フォーカル・ジストニアの症状に結びつくものと言えるかもしれない。

 ボウイングは、悲惨を極めた。まず、肩関節を完全に固めて肩甲骨の挙上運動でアップ・ボウをする。肘が上がると同時に手首の相対位置が下がり始め、弓元に到達する時には、限界まで伸展した状態になって固まってしまった。本人としては、意に反して伸展しようとする手首を強引に反対側に曲げようとしたのだろう。結果的に、肩の運動も無茶苦茶にしてしまったのだと考えられた。いずれにせよ、これは大仕事になるに違いない、と覚悟を決めた。

 さらに、いろいろと運動をやってもらっていると、肩関節を固めて肩甲骨ごと腕を動かす習慣が身についてしまっていることがわかった。これが、ヴァイオリンを弾けなくなったときからなのか、それ以前からなのかは確かめようがないが、いずれにせよ、右腕を滑らかに動かすためには、肩関節の柔軟性を取り戻すことも必要だった。

【3】リハビリの方針を立てる/当初のトレーニング

 リハビリの大きな進め方は、

1)最初に、フィジカルな原因を徹底的に取り除く
→ 具体的には、前腕部、上腕部の筋肉の硬化を取り除くこと。肩関節の柔軟性を取り戻すこと。さらに、腕を肩甲骨から運動させることを覚える(思い出す?)こと、各関節の独立を確保すること
2)そのあとに、フォーカル・ジストニアの「本体」が姿を現すはずなので、その状態を見て次のステップに進む

ということにしたものの、心理的なことも考えなければならなかった。彼の性格を理解することと、厳しいリハビリを続けるためのモチベーションをどのように維持するか、ということだった。症状を引き起こしている原因が心理的なものであることが十分に予想されたので、精神状態を最終的にどのようにもっていくか、ということも重要な要素だと考えた。

 彼は、自立心が強い。悪く言えば「頑固」である。「自分でなんとかしてやろう」という意識が過剰に働く可能性があった。私が立てた方針では、最初にフィジカルな問題を解決する必要があったが、その間、彼が自分でなんとかしてやろう、と「工夫」をしてしまうだろうことが容易に想像がついた。特に、手首がめくれ上がることに対する恐怖心が強いので、強引に反対に曲げようとしてしまうことがさまざまな動作の中で考えられた。最初はヴァイオリンを弾かせたくなかったのだが、「ゆっくりやっていられない」という彼の意識もあって、それを説得する自信もなかった(こうすれば絶対に、どのくらいの期間で弾けるようになる、という目処があるわけではない)。しばらくは、私が立てたリハビリメニューをやる中で、彼の「なんとかしたい」という気持ちを発散させて、ある程度、「自分の方法ではできない」と諦めさせねばならないだろうと考えた。焦っている彼に対して非常に残酷な方法だが、長いリハビリをこなすためには、ある程度「言うことを聞く」状態を作らねばならないことも確かだった。

 私は、すべての生徒に「カルテ」と呼ぶ記録をつけている。この記録は、レッスン中に作成して生徒にはデータ(場合によっては紙)を持って帰ってもらっている。生徒にとっては覚え書きであり、私にとっての備忘録でもあるのだが、彼に対しては、上記のような「本音」部分は隠して、1)を通過する必要があった。無駄だとはわかっていたものの、「ヴァイオリンの練習をしている」という気持ちを持ってもらうために、初めから単純なボウイングのトレーニングをプログラムに入れた。(レポートにはカルテを引用するが、彼が読むためのものでもあるので、その点の記述はぼかしてあったり書いていなかったりすることを了解してほしい。また、カルテはレッスンの全部ではなく、実際のカルテを短縮してあるところも多い。)

*****当初のカルテ****************
●11月28日(レッスン3回目)
左手の課題:楽器の持ち方を修正。少し楽器を外に出したい(楽器の先端を外に出す、のではなく、楽器自体を少し外側にもっていく)。顎が顎当てではなく、テールピースの上にあるくらいでいい。安定しそうだったら、顎当ても替えます。肩当ての当て方に注意すること。今までとは反対に斜めになっている状態が正しい。

右手の状態
 上腕、前腕にかなり硬くなっているところがある。基本的に腱を引いてみることで解消させることを狙ってみる。硬さ、範囲ともにかなり重症だが、丁寧に引くと、少しではあるが弾力が戻る。温めるだけでは、ほとんど効果がない。肩甲骨周辺に凝りがあり、肩が浮き上がった状態になっているので、これも同時にほぐす必要がある。
右肩:肩甲骨と上腕を一緒に持ち上げる癖がついていたようで、肩関節の自由度がかなり落ちている。レッスン時に、必ず腕を回すトレーニングをすること。家でも、できるだけやってほしい。
弓の持ち方:指と手首の分離のトレーニングを課題にする。ボールを握って、握る力を変化させながら、手首を自由にしておくこと。
シャドウボウイング:肩甲骨は上方回旋運動すること。挙上運動してはいけない。腕の運動の順序を整えること。腕は後から順に動くこと。

●12月1日

左手:前腕部の凝りはかなり小さくなっている。大きな固まりはほぼ解消して、小さな固まりの群になっている状態。これならなんとかなるか。
   上腕部:硬いところは、ほとんど戻ってしまっている。これは、少しかかりそう。
左肩:肩甲骨周辺の筋肉がほとんど動かないくらい硬化していた。丁寧にほぐす必要があるが、かなり厳しい施術が必要。肩甲骨上部の筋肉が異常に発達していたので、肩甲骨自体が少し低い位置で固まっていたことも、腕が動かなくなった原因だろう。首から肩の筋肉の柔軟性を取り戻す必要あり。
  左三角筋前部に五十肩と呼ばれる人に多い筋肉の硬化がある。かなりひどく、腕を回した時に酷い痛みがある。ただし、これは基本的には簡単に取れるものなので、何回か施術すること。
シャドウボウイング:月曜日に比べて、動きはハッキリ変化した。まだまだ小さいが、肩甲骨の上方回旋運動が起こり始めている。簡単に言うと、首の付け根が持ち上がらない状態で、腕が肩口からきちんと上がれば良い。
ロングトーン:シャドウボウイングの運動のまま、ロングトーンをできるだけ長く弾く。親指に無理を感じるのであれば、フロッグの下に親指を置いてボウイングをすること。
***************************

 彼が昔弾いていたときのスタイルは、比較的古典的なロシアン・スタイルだった。手首の動きは、ベルギー・スタイルよりも大きいのだが、ボウイング自体は昔の状態を目指すことにした。その理由は、以下の通り。

1)ロシアンは手首の自然な運動が大きいので、最終的に手首を固めない方向に行きやすいのではないか
2)腕の運動の順序が覚えやすいこと。シャドウ・ボウイングを使ったトレーニングがやりやすいこと
3)実際にボウイングの練習に入った時に、昔のことを思い出すことが予想されたこと。そのときに、腕の動きが違うと混乱をきたす可能性が強いこと

 シャドウボウイングは、単純に腕を後から(肩甲骨から)動かすことが目的で、ロングトーンをやっても手首の「めくれ上がり」が出てしまうだろうことは容易に想像がついた。彼がどのように対応しようとしたかを確認するためにも、直接的には無駄だが、ロングトーンもやってもらうことにした。恐らく、手首が伸展しようとするのを、無理矢理屈曲させようとするだろうと想定された。厳しく禁じたにもかかわらず、実際に最初のうちは、自分でロングトーンをやってみて強引に手首を曲げようとしていた。自分ひとりでは(自分が想像できる範囲での「工夫では」)できないことを知ってもらうために、ある意味でそうした「工夫」を黙認していた。

つづく

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フォーカル・ジストニアとの闘い(F君の事例)

(序)フォーカル・ジストニアとは

 フォーカル・ジストニアという言葉をご存知だろうか。直訳すれば「局所性ジストニア」という意味だが、特に音楽家の運動障害(コントロール不全)に使われている。

 ジストニアは、医学的には神経障害(中枢神経系のなんらかの障害)によって「意図しない」筋収縮が起こることにより、運動がコントロールできなくなったり動けなくなったりする症状を指す。代表的なものは「書痙」と呼ばれる症状で、文字を書こうとすると、手が震えたり、手首が動かなくなったり、痛みを生じたりする。他の動作には全く問題を生じないことが多く、フィジカルな問題がどこにもないのにこうした症状が起こることから、精神的な原因(恐怖心、心身症など)であるとされている。フォーカル・ジストニアは、書痙のような症状が演奏時に表れて、楽器の演奏が困難になることを指す。

 フォーカル・ジストニアによって音楽家生命を絶たれた演奏家は少なくないという。詳しくは知らないが、有名なピアニストが指揮者に転向した背景にフォーカル・ジストニアがあった、とも言われている。また、タフな練習やコンサートを重ねているプロ奏者にとどまらず、アマチュアの演奏家にもこうした症状が現れることは少なくない。そして、原因がわからないために、ほとんど「不治の病」とされているのが現状である。

 こうした背景は何となく知っていたのだが、これまでに自分の生徒や周囲の演奏家(プロ/アマチュア問わず)に、はっきりとフォーカル・ジストニアである、と判断できる事例にはであってこなかった。それが、昨年から私のところに来るようになったF君が、明らかにフォーカル・ジストニアであると思える症状を呈していて、そのリハビリを試みることになった。現在7ヶ月が経過しているのだが、ひとりでボウイングが出来るところまでたどり着くことができた。これまでの厳しい半年間を振り返ると、少しずつ前進してきた様子をわかっていただけるのではないかと思う。このレポートが、フォーカル・ジストニアに悩む音楽家にとって、何らかの資料になることを願っている。

 なお、このレポートは、本人の了解を得て、フォーカル・ジストニアに悩む方へのヒントとなるべく、記録として残すものである。

【1】F君との再会、説明を受けた症状

 F君から思いがけないメールが来たのは、2011年10月のことであった。大学オーケストラで活動していた頃、(大学は違ったが)彼とは一緒にアンサンブルの仕事をしたことがあるのだが、それ以来30年間、まったく交流はなかった。彼は、どうしても再びヴァイオリンを弾きたくなり、「右手/脱力」というキーワードで私のサイトにたどりついたという。突然のメールにも驚いたが、その内容を見て、私はすぐに「来て下さい」と返信をした。

F君からのメール(1通目)
***********
(ここまで/略)私は卒業後一般企業に就職し、(略)転勤をしてきて、その都度其々の地域で市民オーケストラで演奏を続けていました。しかし、今から約20年前頃、次第に右手の自由が利かなくなり、演奏をあきらめざるを得なくなってしまい、オーケストラ活動とは縁をきりました。しかしどうしても音楽には何らかの活動をしていたいと思い、色々な経緯を経て尺八をたしなみ、定年後には尺八で一旗揚げようかと考えていたところです。古典、虚無僧、三曲、地歌、民謡、ポップス、ジャズ、なんでもこなす尺八吹きでありました。(略)しかし、他の楽器はできるのに、時々バイオリンを試してみてもどうしてもこれだけは全く対応できないという状況が続いており、(後略)
***********

 彼のメールを読んで、私はすぐにフォーカル・ジストニアを疑った。アマチュアとはいえ、ヴァイオリンの仕事を一緒にしたこともあるくらいの「名手」が、突然楽器が弾けなくなったこと、しかし、尺八を演奏する分には不都合がないこと、などを考えると、フィジカルな問題だけではないのではないか、と考えたからだ。(尺八については、勘違いであったことが後から判明した。尺八を吹く時には、彼の「主症状」である手首の意図せざる伸展が、尺八を吹く時には大きな問題にならなかったからである。そもそも、右手はかなり伸展した状態でも尺八を吹くことは可能なのだそうだ)

 彼はレッスンに通うことは問題ないという。それなら、じっくり向かい合ってみようと思い、彼の来訪を待った。

F君からの状況報告メール(2通目)
*********************
以前から右手手首、肘、肩、全体に必要以上の力が入っていたという認識はありました。

しかし、それにしても弾けなくなる状況があまりにも急激な変化だったので、とうとう弾けなくなってしまったと諦めたときには、脳のどこかに傷ができてしまったのだろうと、あきらめざるを得ませんでした。

ただ一点その当時弓の持ち方をいろいろな人に聞いて変化のチャレンジをしていたところ、従来の自分のスタイルを見失ってしまったという思いは何となくありました。

現状ロングトーンをほんの短時間できるものの、すぐにぐらつきが発生。
1)親指が暴れだす
2)右手首がめくれあがって弓を弦に定着できない。
3)曲を弾く状況には至れない

弓と弦の角度をコントロールできない。弓が手前に倒れかけてしまって毛が前方に出てしまう。これも上記の右手のコントロールが困難な状況と同じ。

左手は右手さえ何とかなればたわいもないレベルかもしれないが何とか自己努力で回復できると思う。

世間に言われるショケイという病気がある。緊張のあまり、右手で文字を上手に書けない、ジャンボ尾崎がなったようにパットができないなど以外にこのような病気を抱えている人がいる。
私もショケイで字が上手に書けない、歯ブラシがうまくコントロールできない、傘を持ちにくい、など、細長いものを持ちにくいということと、パソコンの右手が打ちにくいという状況がありました。しかしパソコンに関しては前回の手術が終了してから不思議と症状が浅くなっています。
ショケイが原因であれば、楽器の練習というよりも、整体のほうが必要になるのかもしれませんが、とにかく脱力をキーワードに何がどうなっているのか、見てください。
**************************

 彼は、フォーカル・ジストニアをまったく疑っていないようであった。書痙の症状を自覚していたが、話を聞いてみると、ヴァイオリンを弾けなくなった時にはヴァイオリン以外にはそうした症状はなかったという。

 彼による経過の説明は、概ね以下のようなものだった。

1)20年ほど前、ヴァイオリンを弾いている時に手首がめくれ上がるようになった
2)それからしばらく、奏法を変えてみたりいろいろと工夫をしたが、悪化するばかりだった
3)最終的には、弓を持っただけで手首がめくれ上がってしまい、楽器を弾くことを断念した
4)その後、尺八に転向したが、現在は、文字を書く、歯を磨く、パソコンを叩くなどの動作にもやりにくさがある
5)しかしながら、アルペンホルンを作ったり、木製のホルンを作るなどの作業はできていた

 当初のメールでは、ヴァイオリンを弾く以外のことには影響が出ていることを知らなかったのだが、その後のメールや会って話を聞くと、他の動作でも不自由を感じることがあるという。しかし、5)を見ると、単純にフィジカルな問題だけではなさそうである(もちろん、フォーカル・ジストニアと判定できるわけでもない/他の作業にも影響がでているので)。そこで、まずフィジカルなところからチェックしてみることにした。

 彼の手を調べると、前腕と上腕に異常に硬くなったところがあった(写真の赤くなっているFunabiki01_2 ところ)。その硬さは尋常ではなく、手で触って(マッサージをして)ほぐせるような代物ではない。普通の五十肩などに見られるような小さなものでもない。特に上腕部の「かたまり」は、卵ほどの大きさがあった。肘や肩を温めても全く反応はなく、一筋縄ではいかないことは明らかだった。こうした「かたまり」は、経年変化によって起こりやすく、五十肩を訴える人には、三角筋やその周辺にこうした固まりがあることが多い。民間療法の手法(腱引きなど、直接筋肉をほぐす施術)で症状がよくなることが少なくないのだが、このサイズのものに出くわしたことはなかった。とりあえず、筋肉の弾力を取り戻すことができるかどうかは、大きなポイントだと思われた。というのも、前腕部の赤くなっている部分は伸筋群であり、手首がめくれ上がる動作と直接的に関係があると思われたからだ。

 どのようなリハビリをしてボウイングを取り戻すかどうかを考えるために、いろいろと話を聞き、症状を見て、私なりの仮説を立ててみた。大きな流れとしては、以下の2つの可能性が考えられた。

1)最初は、フォーカル・ジストニアの症状だったが、無理を重ねるうちに筋肉に硬化が起こり、他の動作にも影響するようになった
2)手の筋肉の硬化が始まって手首がめくれ上がるようになったが、時間が経つうちに他の動作にも影響が出てきた。

 いずれであるかは「神のみぞ知る」なのだが(なにしろ、20年以上前のことだ)、手首のコントロールができなくなった当初のことを詳しく思い出してもらうと、どうも1)である可能性が高いと判断して、リハビリに取りかかることにした。方針としては、

1)最初に、フィジカルな原因を徹底的に取り除く
2)そのあとに、フォーカル・ジストニアの「本体」が姿を現すはずなので、その状態を見て次のステップに進む

であろうかと考えられた。

つづく

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大野和士指揮東京都交響楽団第736回定期演奏会

 久しぶりに、大野氏のコンサートを聴くことができた。「今日発売日だよ」と言われて、慌ててチケットぴあにアクセスしてみたら、なんと最後の1枚! 昔はこんなことなかったんですけどね・・・

 プログラムは、

シェーンベルク:浄夜
シマノフスキ:ヴァイオリン協奏曲第1番(独奏:庄司紗矢香)
バルトーク:管弦楽のための協奏曲

 大野氏のコンサートでシマノフスキを聞くのは、これが2回目。1回目は、20年くらい前のことだ。東フィルの常任になった就任第1回目のコンサートが、「柿沼さんの新作、シマノフスキ、スクリャービンの第2番」というプログラム(独奏は荒井英治さん)。そんなこともあって、今回のコンサート、とてもいろいろなことを考えさせられたコンサートだった。

 まず思い出したのは、東フィルのコンサートのことである。就任披露コンサートというと、とにかくお客さんをいっぱいにすることを考えたプログラムになるのが普通なのに、大野氏のそれは、自分のやりたいもの、定期演奏会とはこうあるべきだ、という信念で選んだプログラムだった。もちろん客の入りは最低で、私も必死にPRして何十枚かチケットを撒いたのだが、半分も入らなかったように記憶している。

 大野氏の日本でのコンサートは、初めの頃は全くの不評だった。特に、N響や読響のプレーヤーにはとても評判が悪く、コンサート後に「どうでしたか?」と聞いた何人かの団員のほとんどが「ありゃ、ダメだね。すぐに消えるよ」と言っていたことを思い出す。大野氏の見ている地平をとても大切なものだと思っていた私としては、唯一、東京交響楽団を指揮したデビューコンサートにご招待した指揮者の先生の「あれは、心配しなくても大丈夫。本物だよ。日本じゃだめでも、向こうでならきちんと評価される」という評が、とても心強かったものだ。

 東フィルの常任になってしばらくは、お客さんの入りもとても良いとは言えなかった。当時の東フィルのマネージャーは素晴らしい仕事をしたと思う。大野氏の能力とビジョンを信じて、不入りのコンサートがあっても、大野氏のやりたいようにやらせたのだ。それは、オペラ・コンチェルタンテシリーズなどで結実した。氏が欧州の歌劇場で評価を上げるにつれて、日本での反応も徐々に変化してきた。常に満員になるようになり、評も好意的なものが増えていった。今や、氏が振るコンサートのチケットは、すぐに売り切れてしまう状態にまでなった。

 こんなことを書こうと思ったのは、私にとっては彼が20代から30代のころに、既に、昨日のコンサートで見せた音楽を作っていたことに気がついたからだ。今回のコンサートは、30代のころに聞いたシマノフスキ、40代のときのバルトークを思い出すことになった。

 過去の演奏と比べて、バルトークでは明らかに弦と管のバランスは違った。管楽器が弦を凌駕する迫力を求めたところは、5楽章の最後だけ。若い頃の氏の演奏では、もっと「派手な」ところが多かった。しかし、音楽の作り方、持って行き方には何事の違いもない。あるアマチュア・オーケストラでご一緒した時に、「僕だってこうやって振れるんだぜ」と笑いながら細かく振り分けて見せてくれていた若い頃から、彼の音楽の作り方は一貫しているように思う。

 氏の音楽に私が惚れ込んだのは、彼の考え方によるところが大きい。しかし、実際に演奏を聴いてみても、その思いは変わらなかった。とにかく、音楽が滑らかなのだ。わかりやすく言うと、はらはら、わくわくする音楽でも、はらはら、わくわくしながら、しかし、音楽はしっかりと進行する。変に誇張したり、わけのわからない時間的静止状態などかけらもない。あるオケのヴィオリストが「弾かされちゃう」と表現していたが、演奏者が演奏する音楽を理解していれば、自然に弾けてしまうのだ。だから、作曲家の本質がよく見える。金管に傷はあったものの、気持ちの良いバルトークだった。

 庄司さんのヴァイオリンは、相変わらず凄い。大野氏との組み合わせで聞いたのも2度目だが、「こう弾こう」という音楽が見える。少し気になったのは、右手の軌道が以前より体に寄っていることと、楽器の先端が上がることがほとんどなかったこと。少し無理をしているように思えた。音も、以前に比べるとやや細い感じがした。体を傷めていなければよいのだが・・・

 1曲目の「浄夜」は、大編成でも聞けることを発見した演奏だった。これまで何回聞いたか覚えていないのだが、大編成の演奏で感心したことはなかった。どうしても一人で1パートを弾いている時の機敏性がなくなるので、別の曲になってしまうように感じるからなのだが、昨晩の演奏は、そうした不満を全く感じなかった。別の音楽としてきちんと評価する目がなかったのかもしれない、と、反省した。

 久しぶりに、よいコンサートを聞きました。ありがとう。

 

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津留崎直紀さんの講座が終了しました

「本番でとちらない僕の練習法」と題した、津留崎直紀さんの講座が修了しました。スタジオがいっぱいになる30人の聴講生に参加していただきました。ありがとうございました。

Photo  お話は、リヨンでの33年間の演奏生活で培った練習法が中心。楽譜とどのように向かい合うか、本番までに何をしなければならないのか、気をつけなければならないことは何か、など、実際にチェロを弾きながら、丁寧に解説していただきました。さまざまなエピソードを交えての熱がこもった講座は、予定時間を30分もオーバーして終了。

 終了後はそのまま懇親会に突入。津留崎さんを交えて、夜遅くまでワイン・パーティーが続きました。

 参加者にも好評で、「また次の企画をお願いします」との感想もたくさんいただきました。また、違う題目で講座をお願いしようと思っています。

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飲み屋でアンサンブルの極意を見た

 最近、名古屋で行きつけの店ができました。隔週の名古屋のレッスンは、金曜の午後/夜と土曜日です。土曜日は名古屋の生徒と食事をするのが恒例なのですが、問題は金曜日。ひとりで食事ができる(飲める、とも言う)安くてよい店はなかなかありません。金曜日に泊まり始めた当初は、ホテルのそばに王将やマックしかなく、ホテルで寂しくビール、ということもありましたが、昨年の暮れに名古屋の生徒が見つけてくれたお店(一位/http://r.tabelog.com/aichi/A2301/A230102/23000898/)がとっても気に入ってしまいました。

 ひとりで飲む(食事、と強がるのはやめよう/爆)、というと、カウンターに座って、大将(おかみ)と話をしながら静かに、というイメージで、そんな店を探していたのですが、ここはキャパの大きな居酒屋です。1Fに8席ほどのカウンターはありますが、後は椅子席で全部で50席ほど。そんな店内は「おやじ」と呼ばれている店主と、厨房の3人の若い男性、サービスをする5人の女性の元気な声が溢れています。

 この店は、「おやじ」が集めているこだわりの日本酒がとてもよい。あちこちで日本酒を飲みまくった私でも、飲んだことがない酒が結構あります。珍しい限定酒なども新聞紙にくるまれて冷蔵庫にはいっていたりします。基本的に「こんな味が好き」というと、「次は、これ」と言って選んでくれます。それがこの店の一番の楽しみ方でしょう。料理は「居酒屋料理」ですが、この値段(飲んで食べて3000〜4000円くらい)で出てくるものとしては極めて良いものです。そんなわけで、飾らなく飲むにはとってもよいのですが・・・「そんな広い店にひとりで言って楽しいの?」確かに、ひとりで来ている客はほとんどいません。

 この店は、働いている人たちを眺めているだけでも楽しい。完璧なアンサンブルなんです。

 働いている女の子は、20歳近辺の若い子が4人。少しお姉様が1人、かな? ところが、みんな「タメ口」(笑)。なんたって、初めていった時から「おっちゃん、楽器持ってんの。何か弾いてよ」ですから(爆)。なのに、とっても気持ちの良いホスピタリティを感じます。その理由は、何回か通ってあれこれと話をして納得しました。

 最初に驚いたのは、働いている人が全員、会計ができること。マニュアル全盛の今時、会計を全員ができる居酒屋なんてありません。それも、ポスシステムで注文したものが自動的にわかるわけじゃない。他の店員が書いた伝票でも、見て、こなさないといけません。二十歳そこそこの子たちが、「ふつーに」やっているんですね。要するに、すべての店員が「全部できる(もちろん、料理を作ることと、酒を選ぶことは別)」のです。だから、自分で進んで仕事を見つけることができる。滞っているところがあったらすぐにサポートに入る。お客さんがきょろきょろしたら跳んでくる。当たり前のことのようですが、こんなことができている居酒屋には、長いこと出会っていません。

 先日は、とても気持ちの良い経験もしました。ある時、このお店でヨッパライに絡まれたのです。しかも、音楽のことで(苦笑)。「お前は音楽がわかっていない」とかなんとか・・・「運命をやった?版は何だ。ベーレンライター? を、少しはわかってるようじゃないか。それなら、フルトヴェングラーの良さがわかるだろう」という具合です(爆)。まぁ、ヨッパライの戯言で適当にあしらっていたのですが、あまりにしつこいので、「申し訳ありません。僕もプロですので、何も知らない素人さんと議論してもしかたないので、失礼します」と言って、自分の席に戻ってしまいました。

 その次に一位に行ったときのこと。サービスをしている女の子たち全員が、私の横を通るたびに「この前はごめんね。でも、おっちゃん大人だったねぇ。株が上がったよ」なんて、声をかけてくれるのです。現場を見ていたのは1人か2人だったと思うのですが、みんなが情報を共有しているのですね。ミーティング、なんていう堅苦しいものをやっているとは思えないのですが(笑)、働いている人たち全員が「私のお店」という意識を共有してるんですね。

「お名前様、いただけますか」なんていう間違った「くそ」丁寧語を使うようなチェーン店の接客とは違う、本物の「もてなし」ですね。少々乱暴ではありますが(笑)

 ただ合わせるだけの音楽はアンサンブルではありません。そういう意味で、極上のアンサンブルを聴いているような気分が味わえるのです。

 ちなみに・・・例によって、ヴァイオリン、弾きまくってます(爆)次回は29日ですね。

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