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2011年9月

津留崎さん帰国

 30年以上に渡ってフランスで活躍してきたチェリストの津留崎直紀さんが、在籍するリヨン国立歌劇場管弦楽団を休団されて帰国されました。11月から12月にかけて、6回のリサイタルを開催されます。とにかく意欲的なプログラムで、短期間にこれだけの曲を弾かれることにびっくり。素晴らしいコンサートになることを、楽しみにしています。

 その津留崎さんと、CONSONOのハイドンについてスタジオで1時間ほど打ち合わせをし、その後、近くのイタリアンで食事をご一緒させていただきました。とてももりあがり、楽しい一夜となりました。

 ハイドンについては、私がイメージしていたものと大きな違いはなく、うまくいくのではないか、と思いました。音の動きを阻害するヴィブラートをかけないこと、弓のスピードの話、奏法など、スタジオのチェロを弾いていただいてあれこれと確認。テンポ設定がやや違った(2楽章が私のイメージよりやや遅かった)のですが、これは誤差といえるでしょう。

 その後、お気に入りのイタリアンに移動してのお話は、とても面白く、あっという間に閉店時間になってしまいました。話題の中心は「モーツァルトはオペラ?」

 HPにも書いたような気がするのですが・・・私は、モーツァルトのKV.400以降(特に450以降)の音楽は、すべてオペラに聞こえます。ヴァイオリンソナタにしても、まるで「これは器楽曲じゃありません!」とばかりに、モーツァルトのオペラのシーンがよみがえるような気がするのです。特に、アイネ・クライネ・ナハトムジークの最後など、モーツァルトお得意の重唱そのものと言えるでしょう。ですから、刻みを弾いていても、「小さく弾いてはいけない」と思っています。CONSONOで今やっている「ジュピター」もしかり。木管楽器にしばしば登場するロングトーンを「他のパートを邪魔しないように」弱くしては、せっかくの構造が見えなくなってしまうのです。

 この点で、津留崎さんとは意見が一致しました。30年以上オペラハウスで演奏をしてきた方のイメージの説明は、とてもわかりやすく、説得力のあるものでした。一緒に音楽を創れることが、とても楽しみです。よろしくお願い致します。

 

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アンサンブル合宿@山中湖

 恒例のアンサンブル合宿を9月の連休に行ないました。

 合宿を始めた当初は、とにかく、レッスンでのデュエット以外の経験に乏しい生徒が多かったので、さまざまな形のアンサンブル(できれば弦楽四重奏)を経験させる、という目的でした。最初のころの生徒の演目を見てみると、ヴァイオリンの3重奏、4重奏や簡単なアレンジもののカルテット、アンサンブルがほとんどです。しかし、続けて参加している生徒たちはどんどんレヴェルが上がり、今年の演目は

1)バッハ「主よ人の望みの喜びよ」
  「星に願いを」
2)モーツァルト SQ Kv.156
3)モーツァルト SQ ハイドンセット第1番(第1、2、4楽章)
4)モーツァルト SQ ハイドンセット第2番(第1、2楽章)
5)ベートーヴェン SQ 第3番(第2楽章)
6)ベートーヴェン SQ 第4番(第2、3、4楽章)
7)ボロディン SQ 第2番(第1、3楽章)
8)ドビュッシー/アラベスク、ビートルズ/Hello Good-bye
9)ブラームス 弦楽6重奏曲第1番(第1楽章)トレーナーズ

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日程表

1日目

13:00〜18:30 レッスン時間
20:00〜22:30 レッスン時間
22:30〜     自由時間(飲みながらアンサンブル三昧)

2日目

9:00〜12;30、13;30〜18:30 レッスン時間
20:00〜   発表会と打ち上げ(飲みながらアンサンブル)

3日目

10:00〜12:00 レクチャー(今回は「何故モーツァルトはモーツァルトらしいか」大三元さんのピアノ付き)

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 カルテットが中心になった3回目からは、「トレーナー3人+生徒」という組み合わせを原則にしています。ふつうはできない「贅沢」ですが、どうしてもこのような形の経験をしていただきたくて始めたのでした。毎年、ヴィオラ、チェロのトレーナー役をお願いしているのは、私の大切な音楽仲間たち。みなさんアマチュアですが、すばらしいプレーヤーたちです。私とアシスタントの先生がファースト(場合によってはセカンド)に入り、3〜4時間のレッスンをして、二日目の夜に発表会、というのがいつものパターン。

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 トレーナーは、ほとんど休みなし。毎年のことなのですが、2カ所でやっているレッスンに、ヴィオラとチェロは張り付きっぱなしで、ヴァイオリンの生徒だけが入れ替わる、というスタイルです。各組とも、2日間で3回のレッスンを行ないました。行事が終わると、あるトレーナーは「疲れた・・・」といって、バタン。「昔は楽だったよね、曲が簡単だったから・・・」

 毎年、公式行事の後は、みんなが集まってお酒を飲みながら、次から次へとアンサンブル。楽器を始めたばかりの参加者は、なかなかみんなの中に入っていけないのですが、何年かすると、弾きたくてうずうずしてくるんですね。それが、この合宿のひとつの狙いだったりもします。弾きたい気持ちが高じれば、練習のモチベーションも上がるでしょう。

 なかなかしんどい催し物ではありますが、私の勉強にもなります。来年は、また、新しい企画を考えながらやってみたいと思います。

 トレーナーのみなさん、ありがとうございました。

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9月の「さくらの杜コンサート」

 9月は、老健施設「さくらの杜」でコンサートを行いました。

 今年は、猛暑と「節電」で、お年寄りには辛い夏だったと思います。私たちがコンサートを行っている他の施設では、何人もの入所者が亡くなられたとも聞いています。長い間の日本の経済政策、福祉政策の愚かさをここで論じても仕方ありませんが、しわ寄せがいくのはこうした高齢者たち。暗愚な政治に何をすることもできない私にとって、少しでもみなさんの楽しみ、喜びになるパフォーマンスができること、次を楽しみにしていただける演奏をすることが、自分の無力さに対する小さな小さな穴埋めにでもなれば・・・と思っています。

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 本日の曲目は

美しきロスマリン(クライスラー)
ウィーン奇想曲(クライスラー)
赤とんぼ
ふるさと
荒城の月
ムーンリバー
スペイン舞曲(クライスラー編)
上を向いて歩こう

 私(とピアノのKEIさん)の病院や老人施設でのコンサートは、基本的に「有名なクラシック曲、ないし、聞いていて楽しい曲」に、「一緒に歌う曲」+「みんなが歌える曲」という構成になっています。

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今回は、あかとんぼとふるさとを一緒に歌っていただきました。一緒に歌っていただくときは、ピアノのKEIさんはマイクを持って、私はヴァイオリンを持って、みなさんの中を動き回ります。楽器と一緒に歌って下さる方も多いのですが、いちばん「よかった」と思うのは、認知症の方が、一生懸命体で感じようとして下さっている瞬間。言葉をはっすることができなくても、心が感じている瞬間だと思います。












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コンサートを聴いて下さる方は、8割が女性です。男性がいると、父親にもこうしたことができればよかったな、と、ちょっぴり感傷的になります。












KEIさんはマイクを持って、できるだけたくさんの方に歌ってもらえるように奮闘中。マイクを向けると、嬉しそうに力一杯歌う方、はずかしそうに小さな声で歌う方、と、反応はさまざまですが、とても元気に感じられます。















 これまで、5カ所ほどの施設/病院でコンサートをしてきましたが(現在は2+α)、施設はどこも清潔で明るく、このようなところがもっともっと必要だと感じました。30年前から、日本の政治は、アメリカ型の「弱肉強食」を目指してきましたが、そうした誤った方向が、人に対する優しさや尊敬を日本の社会から奪い去ってきました。私たちは、少しでも「優しさ」や「人の尊厳」を感じられる活動を続けていきたいと思います。

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表現することは準備すること

 久しぶりに、音楽日記を更新します。

 震災以来、公私ともにさまざまなことがあり、なかなかブログを更新する気になれませんでした。その間に、私を取り巻く環境も少し変化しました。これからは、短くても少しずつ更新しようと思います。(仕事の合間の休息、または「逃避」かもしれませんが/笑)

 今日のテーマは「表現することは準備すること」

 発表会(今年は残念ながら中止になってしまいましたが)やアンサンブル合宿をやっていると、生徒たちが少しずつ成長していることがよくわかります。最初は楽譜を追いかけたり、人の音を聞いたりすることで手一杯だった生徒たちが、少しずつ「表現する」ことにも意欲がわいたり、人の表現を受け止めることができるようになってきます。そんな中で、表現をテーマにレッスンやお話をすることが何回かありました。私自身の備忘録として、こういうことも記しておこうと思います。

 音楽は、テンポや音量が常に一定ではありません。一定であるところの方が少ないかもしれない。特に、何かを表現しようとすると、どうしてもテンポが緩む(音が長くなる)ことが多いものです。意図的にそうするならよいのですが、意図せざる「遅れ」や、テンポ自体(音楽の進行自体)が緩んでしまって、結果的に遅くなってしまうこともあります。何故このようになるのか、また、音楽的な進行を阻害しないためにはどうしたらよいのかをコメントすることがありました。

Bachfurei  

 譜例は、バッハのパルティータ2番の「Allemanda」です。私は、ある程度進んだ生徒(特に大人になって始めた生徒や一定以上の年齢の生徒)には、エチュードの替わりにバッハを課題にすることが多いのですが(概ね、クロイツェルに入るレヴェルから。ドントのop.37を何とか、というくらいです)、このような名曲だと、生徒も「こう弾きたい」という意欲がでてきます。こうしたときによく起こるのが「遅れ」「勢いがなくなる」「つながらなく」といった症状。「やりたいことはわかるんだけどね・・・」

 表現をしようとするときにこうした症状が起こると「センスがない!」といって切り捨ててしまいがちなのですが、私の持論「音楽のセンスの基本は経験値であり、だれでも身につけることができるもの」に従えば、こうした症状も音楽的なものに変えることができるはず。

 みなさんも一緒に考えて下さい。譜例に取り上げた部分の1、2小節目に、テヌートが書かれています。これはショット版(いわゆる「シェリング版」)で、バイブルのように使っている方も多いと思いますが、私はいろいろと問題点を感じています。ひとつは、こうした「シェリングが書き加えた記号」の是非です。このテヌート記号は、私にはとても違和感がありますが、今はそれは問題にしません。今回のテーマは、「強調するとして、どうするか」という問題です。(鉛筆で書いてある→は、この楽譜を使っている生徒が書き込んだものです。無視して下さい)

 この楽譜に従って弾いたとしましょう。テヌートが書かれているところを、テヌートとして一般に思われているように(音の長さを十分に、音の大きさを保って)弾いてみることにします(注)。
(注)テヌートの定義にも問題がありますが、その点は今回は無視します。少なくとも「音を長く」は完全なる間違いで、「音の長さを十分に」は30点(すなわち、落第)、「音(の大きさ)を保って」は50点だと思っています。

 この音だけを指示通りに長めに(音を保って)弾くと、とても妙なことになります。その音だけが突出してしまい、音楽の流れが妙なことになってしまうのです。生徒に弾いてもらうと、この「妙な気分」を避けようとして、テヌートの後が自然にゆっくりになってしまうことが多いのです(というか、ゆったりとしないと、確かに奇妙です)。しかし、表情を付けようとするたびに遅くなっていては・・・ではどうするのか。

 音楽的に弾くためには、実は「強調するところ」の事前準備が必要なのです。

 仮に、シェリング版のとおりにテヌートをつけて強調するとしたら、それを強調してもおかしくないように前のフレーズを弾かなくてはなりません。そうすれば、テンポを失することなく、強調できるのです。

 もちろん、作曲者が突然大きくしたり小さくしたり、という指示をすることもあります。それはそのように表現するものですが、作曲者が書いたものに自分の表現を加える場合は、強調したいところに向かう準備が大切なのです。

 これは、コース料理を食べることに似ていませんか?

 どんなに美味しいメインでも、その前のプレートがメインを食べたくなるようなものでなくてはなりません。シェフは、こうした組み立てに心血を注ぎます。ね。やはり「音楽は料理だ!」

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