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2010年2月

スコアを読むことで知る耳の能力


●2月22日

 先週、ある生徒が一週間連続でレッスンを受けました。レッスンと言ってもヴァイオリンのレッスンではなく、「音楽一般」のレッスンです。曲の構造や楽譜の読み方などにとても興味を持っていて、「休暇を取ったついでに」集中的に講義をして欲しいとお願いされたのです。普段のレッスンや理論講座ではできないことをできるだけ丁寧にやってみようと思ってお引き受けしました。

 音楽史の学び方、スコアの読み方などの講義をしていて、この生徒が「音を平面で聴いている」ということがよくわかりました。そこで、後半は「耳の使い方を変える」ことに主眼を置いてレッスンをしました。レッスンを行なっているスタジオには、ピアノや各種の弦楽器、楽譜、資料などがたくさんあり、パソコンで音を聞くこともできますから、さまざまなことを体験してもらいました。

「音を平面で聴いている」状態には、二つの意味があります。「複数の楽器を同時に聴けていない」とうことと、「音楽のつながりが旋律のみになっている」ということです。この生徒は音楽が大好きで、スコアをたくさん買い込んではCDを聴きながら一生懸命追いかけていました。しかし、せっかくたくさんの音が鳴っているのに、ほとんど旋律の進行を追いかけているだけだったのです。

 オーケストラの演奏を最初は何も言わずに聴いてもらうと、確かに旋律以外は「聞こえない」。それで、スコアのティンパニや低弦パートを歌ったり弾いたりして聴いてもらうと・・・「聞こえました!!」そこから先は簡単。1日でスコアの中からさまざまな音を感知することができるようになったのです。

 スコアを「見る」ときは、まず「眺め」読みをすることが必要です。どうしてもわかりやすい旋律パートだけを追いかけてしまいがちなのですが、そうするとスコア全体を見ることはできません。それも説明して、簡単な曲からスコアを見てもらいました。すると、演奏が「立体的に」聞こえるようになりました。

 多くの生徒を見ていると、自分の耳の能力を信じていない(信じられない)人が多いのに驚きます。耳が高度な仕事をしていることはあちこちで書いていますが、ちょっとしたことで耳の使い方が変わる例はとても多いのです。今回のこの生徒は、これからは音楽の聞き方がはっきり変化するでしょう。それが、自分の演奏にも良い影響を及ぼすはずです。

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「ソフィオ・アルモニコ」コンサート

● 2月14日

 横浜の「山手プロムナード・コンサート」の一環として、2月11日から14日まで「横濱・西洋館de古楽2010」が行なわれました。(http://www.yamatepc.com/-e6-a8-aa-e6-bf-b1-ef-bd-a5-e8-a5-bf-e6-b4-8b-e9-a.html)山手の「山手聖公会」や「イギリス館」「ベーリーック・ホール」などでの連続演奏会です。その中のひとつ、「ソフィオ・アルモニコ」のコンサートを聴きにいきました。

「ソフィオ・アルモニコ」は、ルネサンス・フルート奏者4人のアンサンブルです。ゲストとしてバロック・ハープで鷲崎さんが参加され、コンサートを紹介していただきました。浅学な私の知識は、ルネサンスの音楽の特徴は「中世から発達を始めたポリフォニー全盛と、協和音程(純正音程)への注目、三度の導入」程度のシロモノで、実際にポリフォニーの音楽を意識して聴いたこともありませんでした。そういった意味で、とても興味深いコンサートでした。

 ルネサンス・フルート(参考写真/http://www16.ocn.ne.jp/~zpg/inst/fl.html)は、穴が6つ開いただけのシンプルな作りの楽器です。基本的に教会旋法を使いますので、ピアノの白鍵分の数があれば良いわけですね。長さがいろいろ(ということは、高さがいろいろ、ということ)あり、3ないし4本でアンサンブルを聴かせてくれました。

 演奏された曲は13世紀から16世紀(一部17世紀)のものでしたが、ルネッサンス期には器楽曲はほとんどなく、演奏された曲目もほとんどが歌曲です。ルネサンス・フルートには、詳細な演奏法が残されておらず、どの楽器をどのように使うか、という「スタート」から試行錯誤を重ねているそうです。

 聴いて一番強く残った印象は「予想がつかない心地よさ」でした。

 調性音楽であれば、和声進行で「先の予測」がつきます。聞き慣れているバロック以降の音楽であれば、初めて聴く曲であっても「次はこうなるぞ」というイメージができるのです。そして、そのイメージは音楽を聴いて「心地よい」と感じる大切な要素でもあります。しかし、和声感がない音楽は(もちろん、部分部分では和音の響きはあります)そうした予想機能が部分的にしか働かないのです。

 和声感が感じられない中では、旋律、旋律(旋法)の色合いや複数の声部の重なりなど、和声以外の働きが心地よさを感じる大きな要素になっているはずなのですが、これは実に「自然な」心地よさでもあります。音楽に対してこのように感じたのは、実に久しぶりだったように思います。

 興味深かったのは、13、14、15世紀の曲を順番に2曲ずつ演奏したブロックでした。明らかに音楽の質が違う。特に印象的だったのが、和音です。

 13世紀のものは、ほとんど和音を感じません。「和声を感じない」のではなく「和音を意識しない」のです。ところが、14世紀のものになると、ところどころに「韻を踏むように」和音を感じるところが出てきます。5度や8度は楽曲の終止で現れますが、途中に3度が現れ始めたのもはっきりとわかります。さらに面白かったのは、3度が「偽終止」のような効果を感じさせたことです。曲の途中で三度が「韻を踏むように」わずかに強調されるところがあるのですが、三度に慣れた現代の私の耳にも、完全に安定した雰囲気にはならず、後に続くイメージが強く残ります。もちろん、曲は進行します。

 たくさんの曲を聞き比べた訳ではないので、あくまで今回の演目に限ったことではありますが、時代の違いを比較的はっきりと感じることができたように思います。そのような選曲をされたのかもしれません。

 残念だったのは、プログラムと解説です。プログラムには出演者のインタビュー、コンサートの中では楽曲の説明や研究者の解釈などがありましたが、逆にしてほしかったと思いました。説明に出てきたような同時代の作曲家や詩人、研究者の名前などは、説明を受けても覚えられず、後から調べようと思ってもかないません。こういった情報は紙に書かれているほうが親切でしょう。せっかく聴かせていただいたお話が、無駄になってしまいます。

 5月にまたコンサートがあるようですが、ルネサンスの音楽に興味がある方は聴かれたら面白いと思います。
 

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音程講座実践編終了

● 2月11日

 音程講座の「実践編」が終了しました。今回も外部参加者を含めて30名以上の聴講生に集まっていただけました。ありがとうございました。

 2回連続で行なった今回の講座でやりたかった最大のことは、「音程を理解して判断する」ことの重要性を知っていただくことでした。基礎編ではそのために必要な理論を、今回はそれを実戦的に役立てるために必要になる「経験値の積み上げ方」を理解していただきたかったのです。

 3月にアズールのコンサートがあるため、今回の連続講座は2回でまとめる必要があったのですが、これにはやはり無理がありました。前回以上に、今回は時間が足りず、自己採点では「42点」の出来です。話をしたかった項目の4割を積み残してしまったことで40点の減点。もっと時間を取って弾いていただいてチェックをしたり、音程の変化の体験をしていただいたり、ということができなかったので、残りの点数も3割減です。話をした内容については、それなりに感じていただいたことも多かったのではないかと思うのですが・・・

 特に、「オーケストラの音程の話」をすることができなかった(そこまでたどりつかなかった)のは、とても残念でした。東京グリーンやアズールのメンバーが参加していただいただけに、申し訳ないと思っています。これについては、補講を検討します。

 それにしても・・・こういう講座をやるといつも、話をしている途中で新しいアイデアが浮かびます。「こんなことをしたかった」「こうすればよかった」というたぐいの「後悔」にもなってしまいますが、一方で今後の楽しみでもあります。さらにグレードアップした講座を行っていきたいと思います。

 講座後の懇親会でも、美味しい料理を食べながら、楽しい時間を過ごしました。あっという間の一日でしたが、皆さんも楽しんでいただけたのであれば嬉しいです。

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楽器のメンテナンスと思い込み

●1月30日

 タイトルを見て、楽器のメンテナンスの仕方を期待した方、ごめんなさい(笑)。最初に謝っちゃいます。

 昨日は名古屋のレッスン日。名古屋のレッスンは午後になると皆さんが揃うので、共通の話題で結構盛り上がります。体の使い方や音楽の理論のことなど、一緒に話すと一度で済むことも多く、時間を有効に使うことができます。昨日も、体の使い方や頭のトレーニングをみんなであれこれと考えたりする時間がありました。

 ある生徒のボウイングを見ていた時のこと。音の立ち上がりがはっきりしないので、楽器と弓を取り上げて弾いてみました。すると音が出にくいのです。「これ、そろそろ毛を張り替えないと」「え? 張り替えるのですか?」

 みんなに話を聞いてみると、ほとんど最初から教えた1人以外は、弓の毛がどうなったら張り替えるのかということを知りませんでした。以前に替えたのは・・・「3年」「2年」という状態です。私の大失敗です。

 最初から教える場合、ないしは始めてすぐに私のところにやってきた生徒には、楽器のメンテナンスなどの話を必ずすることにしているのですが、名古屋の生徒さんは1人を除いて他の先生に比較的長い間ついていた方ばかり。こういう人には、ボウイングや左手の話は1からするのですが、楽器のメンテナンスや楽譜の読み方などは、既に知っているものと思ってはしょってしまうことが多いのです。チューニングをするときにも、楽器は取り上げても弓は自分のものを使っていたので、こんなに弾きにくい状態で弾いていたとは思いませんでした。

 こういう失敗は時々やります。他の楽器を長い間弾いていた人に「楽譜は読めるだろう」と思ってしまうことが一例。音名(特にドイツ音名)が通じないことはすぐにわかりますが、「その長三度」などと言ったときに「わかりません」と言ってもらわないと、わかっているものだと思い込んでしまうのです。「わからないことは何でも質問してね」とはお願いしているのですが、曖昧に覚えている場合には本人に「わからない」という自覚が乏しいので、そのまま見過ごしてしまうことが少なくありません。ある時点で「あれ? 通じてないかも」と気がつくことが多いのですが、そこまでのレッスンで言ってきたことが、かなり未消化のままになっていることがわかって愕然とすることがあるのです。

 それにしても・・・・

 名古屋の生徒は、みなさんとても音が大きいのです。こんな弓の状態でこれだけしっかりした音が出せるなんて・・・

 これから、東京の皆さんも「弓はつるつる」で練習してもらおうかしら(苦笑)

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