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2009年12月

名古屋でアンサンブル・・・ができるか?

● 12月26日

 名古屋のレッスンを始めてから5年がたちました。生徒さんたちもそれぞれたくさんのことを学んで、さまざまに変化しています。レッスン自体は各人のペースに合わせて進んでいるのですが、名古屋でチャンスがないのがアンサンブル。東京の生徒は、アズールやその他のオーケストラなどがたくさんあり、私もよく事情を知っているので、生徒さんに合わせて紹介することもできるのですが、名古屋ではそういう訳にはいきません。

 私が、「名古屋でも「アズールの名古屋版」ができれば良いと思っている」という話をすると、名古屋の生徒さんは、もちろん「やりたい!」

 問題は、ヴィオラとチェロです。

 アズールの場合は、最初からチェロまで揃っていたのですが、名古屋ではレイトスターターのヴィオラやチェロの人とのつながりがありません。どうしようかと悩んでいたら、生徒のひとりが知り合いのヴィオラとチェロを紹介して下さいました。とても「最初のアンサンブル」をお付き合いいただくようなレヴェルの方たちではありませんが、とりあえず「アンサンブルの練習でどんなことをやるか」というガイダンス代わりのことをやってみました。

 使ったテキストは、大山さんの「やさしい弦楽四重奏」の開放の弦奏1、4、5番と「おめでとう」「子守歌」。もちろん、細かいことを練習するのではなく、この曲を使って何をやるか、という説明をしただけです。

 ヴィオラとチェロが「手取り足取り」でなくてすむ分、効率よく説明することができました。このような方たちがお手伝いをして下さるのは理想ですが、さて、どうなることでしょうか。ひょっとすると、サイトで募集することになるのかもしれません。

 偶然、これを読んで興味を持たれた名古屋の方がいらっしゃったら、メールをくださいませ・・・

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アンサンブル発表会@日立

● 12月20日

 今日は、いつもボランティア・コンサートを一緒にやっているKEI先生の、日立教室での発表会のお手伝いにいきました。発表会、といってもちょっと形式が普通ではなく、午前中から2時半までは子どもとアンサンブルの練習。3時〜その成果を発表する、というかたちのものです。子どもとのアンサンブルは、KEI先生のお弟子さんやKEI先生のお仲間のピアノの先生の生徒さんたちと毎年何回か行なっていますが、私はとても楽しみにしている企画です。

 幼稚園児から高校生まで10人の子どもたちとのアンサンブル。子ども用に作られたアンサンブルの曲の組、ソナチネアルバムをヴァイオリンとの合奏用にアレンジしたもの、そしてオリジナルの曲、という3つのグループがあって、進度によって選ばれている曲は違います。

 今回は、アレンジしたものが7曲、ペートーヴェンのメヌエット、チャールダシュ、スーベニール、というプログラムでした。そのあと、KEI先生と、クリスマスメドレーやエンターテイナー、ツィゴイネルワイゼンなどを演奏しました。

 子どもとのアンサンブルをやっていていつも思うことは、「子どもは反応が早い」ということです。

 今回は、アンサンブルのレッスンではなかったので、それほど長い時間レッスンができたわけではないのですが、ほんの少しだけ一緒に弾いたり、あれこれと話をしたり、一緒に動いたりしていると、子どもたちはみるみる変わってくるのです。音量が大きくなる子どももいますし、音楽的な表情が見えたりすることもあります。

 ピアノを習っていると、なかなか人と合わせるチャンスがありません。音楽が「身に付く」ためには、さまざまな演奏を真似したり一緒に弾いたりすることが必要ですが、ピアノのレッスンだけではなかなかそうもいかないのです。また、ヴァイオリンとちう「違う楽器」の音を聞くことで、音や曲想のイメージが広がることにもつながります。

 子どもとのアンサンブルはとても楽しいので、またお邪魔させていただこうと思っています。

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難しい問題ですね・・・もちろん文化予算削減には反対なんですが・・・

● 12月17日

 数日前に、何通かのメールをいただきました。内容はどれも同じで、民主党政権による事業仕分けで音楽関係の予算が削減されようとしていることに対する反対のメールを送って欲しい、というものです。小澤征爾氏が民主党の小沢幹事長と会談したことが「Wオザワ会談」として報道されましたので、ごらんになった方も多いでしょう。

 事業仕分けの対象となって、廃止・削減の対象となっているのは、「芸術創造活動特別推進事業助成金」「プロ・オーケストラによる本物の舞台芸術体験事業」、いずれも文化庁の事業です。

 芸術創造活動特別推進事業は、音楽、舞踊、演劇、伝統芸能、大衆芸能、映画の分野の活動について、恒常的な活動をしている団体の事業に対して助成するもので、総額43億円ほどの事業です。その中で、音楽関係では昨年度は44団体の155の事業について助成が行われました。オーケストラを例にとると、助成を受けたのは

大阪シンフォニカー(3公演/事業)
大阪フィル(6公演/事業)
大阪センチュリー(4公演/事業)
神奈川フィル(3公演/事業)
関西フィル(5公演/事業)
九州交響楽団(5公演/事業)
京都市交響楽団(2公演/事業)
京都フィルハーモニー室内合奏団(4公演/事業)
群馬交響楽団(9公演/事業)
札幌交響楽団(2公演/事業)
新日本フィル(9公演/事業)
仙台フィル(10公演/事業)
セントラル愛知(1公演/事業)
東京交響楽団(10公演/事業)
東京シティ・フィル(2公演/事業)
東京都交響楽団(6公演/事業)
東京フィル(7公演/事業)
名古屋フィル(5公演/事業)
日本フィル(3公演/事業)
広島交響楽団(6公演/事業)
山形交響楽団(6公演/事業)
読売日本交響楽団(5公演/事業)

 この「公演/事業」とは、一回の公演だけでなく複数回のシリーズ物も対象ですので、実際に助成を受けている公演数は相当の数に上ります。ご覧のように、定期的に活動を続けているプロ・オーケストラのうち、N響のように財政基盤が安定している団体以外は、ほとんどの団体が網羅されていることがわかります。特に、多数の公演に助成を受けている団体は、まさに存亡の危機にあるといえるでしょう。

 これだけの助成(他にも地方自治体の助成などもあります)を受けていながら、オーケストラの団員の待遇はとても立派なものとは言えません。正団員はともかく、エキストラで演奏会に出るメンバーの出演料などは、聞いてしまうと呆然とするくらいに安いのです。

 文化が「お金にならない」のは、大昔からの「常識」です。19世紀までは、宮廷や教会が主なスポンサーとなって音楽が文化として長らえてきましたし、それ以降も政府や個人、企業などの支援がなければ、オーケストラやオペラは成立していないのです。

 音楽家の端くれとしてこの事態を傍観している訳にもいかないので、メールを送るなど、とりあえず自分にできることはしましたが・・・やや複雑な心境です。

 それは、「それじゃあ、他の事業についてはどう思うの?」という自問に明確な答えができないからです。

 今回の「事業仕分け」、やった中身についてはともかく、試みとしては十分に面白いものでした。しかし聞こえてくるのは、仕分けの俎上にのぼった関係者の怨嗟の声ばかりです。報道で盛んに取り上げられたものは限られています(スーパーコンピューターなど)が、およそ「自分で稼げないものはなで切り」状態だからです。

 しかし、自分の関係する事業について反対の声を上げている人たちは、他の事業に付いても同様に反対の意思表示ができるでしょうか。私が引っかかってしまったのは、この部分なんです。

「マイナースポーツの選手は、手弁当で練習して、自費で海外遠征している。もっと助成が増えないと、多くの人に知ってもらって競技人口が増やすことができない」と必死に訴えていたアスリートがいましたが、「そんな人気のない競技、別に広めなくてもいいじゃん」という声も聞こえてきそうです。

 しかし、そういう人から見れば「音楽なんて贅沢なものに税金をつぎ込むのはやめてくれ」と言うかもしれません。それに私たちはどんな反論をすれば良いのか・・・

 かといって、全ての事業を要求通りに行なうならば、今までの無駄はなくなりません。スポーツや文化にくらべて、公共事業の方が切実な問題かもしれません。もっと言うならば、失業対策や生活保護の方が優先されるべきでしょう。

 もちろん、過去の自民党政権や官僚支配が、自分たちの利権を温存することだけに熱心だったために、これだけの財政赤字を積み上げ、恒常的に無駄を垂れ流す強固なシステムを作り上げてしまったことに問題の本質があることは明らかです。生涯賃金が5億を超えるような高級官僚に、天下りでさらに2億も3億もの税金を与え続けるシステムを作り上げ、3年大使をやれば都心に邸宅を構えることができる大使を次々と量産し、当選すれば何億でも借金が返せるような政治のシステムを後生大事に守ってきたことが、これだけの無駄と赤字を恒常化してしまったのですから。

 しかし・・・心の中のもやもやしたものはどうしてもなくなりません。

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未就学児童のためのクリスマス・コンサート

● 12月16日

 今日は、茨城県守谷市の児童館で、未就学児童と親のためのクリスマス・コンサートを行ないました。児童とお母さん合わせて60人ぐらいの聴衆でしょうか。

プログラム

ベートーヴェン:メヌエット
クライスラー:愛の喜び
クリスマスメドレー3曲
「さんぽ」隣りのトトロ
アンパンマン
「パンダうさぎコアラ」
チャールダシュ
アメージング・グレイス

 コンサートのターゲットは、未就学児童だけでなく、子育てで大変な(主に)お母さんたちです。

 コンサートの最初に、「子どもたちにはできるだけ好きにさせて下さい」とお願い。「静かにしてなさい!!」ということをできるだけ言って欲しくないからです。押さえつけて聞かせると「音が苦」になってしまうのです。中には、本当に一生懸命聴いている子も。

 お歌のときには元気いっぱいな子どもたちも、大人向けの曲になると退屈する子もたくさん。でも、お母さんたちの中には、一生懸命聴いてくださっている方もたくさんいらっしゃいました。

 こうしたコンサートは、私としてはとっても好きです。子どもが楽しい音楽に触れる機会が少しでも増えると嬉しいと思っています。

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音の処理で頭がやっていること(1)

●12月15日

 最近、レッスンで興味深いことが何回かありました。覚え書きのために書いておこうと思います。

 ここ1年くらいの私の最大の興味の対象は、頭の働きです。いわゆる「認知心理学」「認知科学」の分野の問題ですが、最新の研究成果などを読んでいると、これまで考えてきたさまざまな問題についてのサジェスチョンがあったり、「やっぱりそうか」という発見があったりします。レッスンでもよく「頭の働き」の話をするのですが、運動にも音のイメージ作りにも、音感のトレーニングにも、およそ意図して行なう活動全てに関係がある問題なので、話の内容は多岐にわたります。

 偶然ですが、何人かのレッスンで「音を頭がどのように処理しているか」ということが話題になりました。

 話を単純化するために、基本的な分散和音を弾いているとします。弾く時には、通常、

・音符を見る
・音名を参照する
・音高(音程と考えても良い)を頭でイメージする
・左指の運動をイメージする・指令を出す
・右手に指令がいく
・弾く
・音を聞く
・聞いた音を判断する
・修正が必要であれば修正する

という順序(左右がセットになっている場合もあるので、順序は厳密ではありません)で頭が働きます。ここまでは皆さんもすぐに想像がつくと思いますが、今私が悩んでいるのは、この一連の動作そのものと、そのつながりです。簡単に羅列すると

1)音符を見てから音高をイメージするまでに起こっていること
1’)音符を見てから左指運動をイメージする・指令が出るまでに起こっていること
1’’)音符を見てから右手に指令がいくまでに起こっていること
2)これらの指令のタイミング調整
3)弾く運動の指令がどこまで有効か
4)音を聞くタイミング。特に運動との関係(運動によって聞くタイミングが異なるかどうか)
5)音を判断するときに起こっていること
6)判断してから「意識下で修正する」「意識上で修正する」「修正しない」という判断が行なわれる違い。

 なぜこのようなことを考えているかというと、「できない理由」を確定させるためです。

① 分散和音を弾いていてある音程の修正が利かない、ある音高だけ「聞こえない」のは何故か。
② 音符を見た時の判断の基準やタイミングはどのように違うのか(例えば、速くすると音名の参照ができないのは何故か・・・頭の参照作業は瞬時に行なわれるので、多少速くしたために行なわれないことはない。その結果を利用できなくなるだけ)
③ 音高の修正に意識の差が出るのは何故か
・・・・・・・・・などなど・・・・・

 疑問に思うことはやまほどあるのですが、ある程度の回答や仮説ができるものもありますし、まったく理解できないものもあります。

 この問題については「ぼちぼち」にはなりますが、レッスンでであったことや考えたことをこのタイトルで続けたいと思います。

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名古屋の忘年会とアンサンブル

● 12月12日

 年内にもう一度レッスンはあるのですが、今日は練習が早く終わらねばならない(会場が18時まで)ため、一足早く忘年会。会場は、名古屋市内の「ラ・マルミット」というビストロです。

 今年は、新しく1人生徒さんが加わりました。ヴァイオリンは初めて2年ほどですが、過去にマンドリンをじっくりやられた経験があり、かなりのアドヴァンテージがある上にとても熱心な方。仕事が忙しく練習時間が取れないことが悩みですが、理解力もあるので、かなり面白くなるのではないかと思います。この方、お酒が入るとさらに面白い。ひさしぶりに「正当派酔っぱらい」に出逢いました(笑)

 名古屋のレッスンも5年間続いていますが、そろそろみなさんの中に「変化が欲しい」という気持ちが強くなっているようです。東京ではアズールという弦楽合奏団があり、それ以外にもレッスン以外に触れることができる音楽的な機会が多いのですが、名古屋では難しい。そこで、アンサンブルを始めることになりました。

 問題は、ヴィオラとチェロです。

 とりあえず、生徒の関係している方に一度お手伝いをお願いしてみることになりましたが、どうなるか。ひょっとしたら、アズールのようにメンバーを募集して「合奏団」という形にしなくてはならないかもしれません。来年の課題です。

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音楽と関係ない本の話

● 12月10日

 読書をする習慣を手放してしまってどのくらい経つでしょうか。

 もともとは活字人間で、新聞と何種類かの週刊誌、小説などは手放せないものでした。しかし、仕事が忙しくなると小説を読む習慣を完全に失ってしまいました。読まなくてはならない本や資料は山のようにあり、活字を目にする時間ができると、どうしてもそちらを優先せざるを得ないのです。

 ところが、最近になって読書の習慣が復活しつつあります。その理由は「頭が疲れた」ことにあるのではないかと思います。読んでいるものは、いずれも「やわらかい」ものばかり。年齢のせいで頭の中がフル回転している時間が長いことに、やや耐えられなくなってきたのでしょうか。

 ちょっとはまっているのが、ジェフリー・ディーヴァー。

 若い頃(といっても、中高生のころですからもう××年前ですが・・・)は、推理小説やサスペンスものもたくさん読みましたが、かなり長い間こういう小説を読んでいませんでした。

 私が小説を読まなくなった理由のひとつは「止められない」ということが大きな理由です。面白いと、先がどうなっているのかが気になって仕方がなく、読み始めたらそれこそお風呂に入っていようが歩いていようが、とにかく先を読まないと落ち着かない。だから、生活の「邪魔」になってしまうことが多いのです。わからないことがあると徹底的に調べないと収まらないという、私の性格ともつながっているのかもしれません。

 それにしても・・・面白いです。ディーヴァーさん。読んだことがない方は、是非、「リンカーン・ライム」シリーズを読んでみて下さい。

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